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東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ 第52回

2009/11/16 22:16
2009年 11/14(土) 6:00p.m.
東京オペラシティシリーズ 第52回

指揮=クリストフ・アーバンスキ
ピアノ=ペーテル・ヤブロンスキ


キラール:オラヴァ〜弦楽オーケストラのための
ショパン:ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21
ショパン:マズルカop.68-2(アンコール)
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」

S\6,000 A\5,000 B\3,000 C\2,000

東京交響楽団 HPより


6月下旬にチケットを取ったコンサート。会場は超満員というほどでもなかったので、そんなに早く取らなくても良かったか─しかし、満員と呼ぶに等しいほどに人がいたので正解だったか。キラールの「オラヴァ」ということで、かなり焦って購入。5ヵ月も間があくと、気持ちの高まりもほとんどなく、あろうことか、億劫な気持ちにまでなってしまう。
雨風強い土曜日だったが、オペラシティは地下鉄から直結しているので天候関係なくスムーズに会場入り。座席はB席、3階、ステージに向かって右側。位置的にコントラバス方面は全く見ることができないが、コンサートマスター(大谷康子)の姿・指揮者・管楽などよく見える位置。2階・3階の中央席にも座ってみたいが、多少遠すぎないだろうか…。あのホールなら、一番いいのは一番前の中央の先頭だろうか。なかなか座れないだろうが…。

指揮者のクリストフ・アーバンスキ(Krzysztof Urbanski)は、ポーランド生まれ(1982-)の若きホープ。ヨーロッパで活躍、日本ではこの日がデビューとなる。

「オラヴァ(ORAWA)」は、ポーランドの作曲家ヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar)の作品。オラヴァとはポーランド南部とスロバキア北部にまたがる保養地(スロバキアではORAVA)。その地方の豊かさを表現しているのか、複雑な歴史的背景をうたっているのか分からない。勝手に想像するに─
スロバキア北部の山岳地帯にキスツェーオラヴァ・スイッチバック鉄道軌道(The Kysuce-Orava Switchback Railroad)というものがあり、歴史的価値から文化財に指定されている。世界遺産の登録も目指したが、残念ながら願い叶わず、暫定リストからも削除されてしまっている。現在、短距離ではあるが観光客用に運行している。
─ということから、その地域そのものを表現したものではなかろうか。よく聴けば曲調が機関車のような…飛躍しすぎ・安直…。
演奏そのものはというと、安定したバイオリンで非常に素晴らしかった。耳だけで聴くと、とぎれとぎれのフレーズが巧妙に編集されているような印象なのだが、実際の演奏を目にすると、本当に演奏しているんだぁ、バカな発想…それくらいの驚きと新鮮さを感じる。9分ほどの演奏、まだ管楽も登場していないし、挨拶としてのプログラム1曲目なのだろうが、個人的にはもう目的を果たした感があり、会場に来るまでのテンションの低さとは比べものにならないくらいの満足感。

続いてショパン。ショパンの協奏曲は聴いたことがない。正直興味もそれほどないわけで、第1楽章は全く集中できず、頭に入ってこず。第2楽章の穏やかな曲調になるとようやく引き寄せられ、第2楽章は非常に気に入ってしまった。第3楽章になると、ショパンらしいフレーズが随所に表れ、これはショパンだ!とまたしても当たり前の感想を持ってしまう。面白みがない感想こそが、本当に感動している証拠、だろう…。
ピアノのペーテル・ヤブロンスキ(Peter Jablonski)はスウェーデン生まれ(1971-)。彼もポーランドの人かと思うほどのポーランド魂を感じる─あくまで個人的な感想として。ポーランド魂はともかくとして、演奏の素晴らしさは会場の反応が証明していた。拍手喝采のためアンコールも披露。

20分の休憩─

最後はメインの「新世界」。第1楽章、第2楽章、さすがの演奏。第3楽章、なんか不思議な…今までに聴いたことがないような─新世界。第4楽章、非常に感動、しかし最後はあのような終わり方でいいのだろうか?と何か不思議な演奏で終了。懸命に拍手を送るが、結局、指揮者自らコンマスを舞台裏に引っ張っていってしまったので、アンコールはなし。やはり、自らは納得できなかったのか─。


以降、川崎、そして大阪フィルでクリストフ・アーバンスキ、ペーテル・ヤブロンスキが登場するとか。いずれも足を運ぶことはできないが、せめてその模様の記録など目にしたいものである。



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Discipline

2009/11/10 06:02
King Crimson / Discipline




Adrian Belew – guitar, lead vocal
Robert Fripp – guitar and devices (Frippertronics)
Tony Levin – Chapman Stick, bass guitar, support vocal
Bill Bruford – drums


キング・クリムゾンに関してはそんなに真剣に取り組んでこなかったが、幸いにも彼らに関して真剣な取り組みをなしているマニアがたくさんいるので、情報には困らない。情報を多く吸収したからといって、クリムゾンをよく聴いたつもりになってはまずいのだが─。
このアルバムが出た1980年代期のキング・クリムゾンは、評価が低いようだ。自分が気に入っているクリムゾンのアルバム、「In the Court of the Crimson King」「Red」そしてこの「Discipline」を聴き比べてみると、明らかに軽いという印象。それがマニアが敬遠する原因なのか分からないが、続いてリリースされたアルバム「Beat」「Three of a Perfect Pair:」に関しては、個人的にあまり好みではない。ジャケットのデザインはこの時期が最も気に入っているのだが─










評価が低い1980年代期のクリムゾンではあるが、「Discipline」は彼らの代表的作品として掲げられることも多いようだ。
以前のクリムゾンに無かった、トニー・レヴィンとエイドリアン・ブリューのトリッキーな演奏。それが最大の魅力であり懸念材料にもなっているのであろう。
自分としては、もうまさにレヴィンのためといっていいほどのこのアルバムは非常に魅力的であり、素晴らしい演奏を十分堪能できる。また、レヴィンやブリューに溶け込むように軽やかに、これまでとはまた違った演奏を繰り広げるロバート・フリップの演奏というか力量というか、その度量の深さに感服してしまう。
あらゆる解説を読むと、1曲目のElephant Talk(※無駄話という意味)に代表されるように、思想的な意味は全くないようで、Elephant Talkの歌詞といえばアルファベット順に言葉をランダムに並べただけのものだという。そこも、マニアにとっては気に入らない点であるようだが、彼らの音遊びを楽しむことができるならば、これほどのアルバムは無いように思う。
個人的には3曲目のMatte Kudasaiが非常に好きな曲。文字通り、日本語の“待ってください”という言葉を歌っているもの。その響きが気に入って、歌にしたらしい。ゆったりとしたメロディーと、バックで漂う装飾音が非常に心地よい。








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Wichita Lineman

2009/11/02 22:27
カサンドラ・ウィルソンのアルバム「Belly of the Sun」の中に
♪Wichita Lineman という曲がある。個人的に非常に気に入っている曲。

少し調べてみると─
1968年にジミー・ウェッブ作曲、同年グレン・キャンベルが歌い大ヒット。今日までに数々のアーテイストがカバーしていた。

Glen Campbell ver.


James Taylor ver.


REM ver.


Cassandra Wilson ver.



REM、カサンドラのようなシンプルな演奏のほうがいいかな。


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フォルマント兄弟のフレディー

2009/10/16 03:51
フォルマント兄弟…三輪眞弘佐近田展康のユニット

フレディーの墓/インターナショナル
Le tombeau de Freddie / L'international
…フォルマント兄弟の作品(2009)
Prix Ars Electronica 2009, Honorary Mention (Digital Musics部門) 受賞




※参考
兄弟deピザ注文…フォルマント兄弟の作品(2003)





【参考資料】
山崎与次兵衛のちょっとクラシック -よじべえの覚え書-
三輪眞弘(1958--)



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The Legend of the Orchestra

2009/10/06 20:44
Legend of the Orchestra




CD1
1. R.シュトラウス:ツァラトゥストラはこう語った−日の出
シュターツカペレ・ドレスデン、ルドルフ・ケンペ指揮
2. オルフ:カルミナ・ブラーナ−踊り
ボーンマス交響楽団、デイヴィッド・ヒル指揮
3. グリーグ:ペール・ギュント−朝の気分
エストニア国立交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
4. ベルリオーズ:ファウストの劫罰−ハンガリア行進曲
パリ管弦楽団、ジョルジュ・プレートル指揮
5. バーバー:弦楽合奏のためのアダージョ
スコットランド室内管弦楽団、ユッカ・ペッカ・サラステ指揮
6. ビゼー:「アルルの女」管弦楽組曲 第1番−序曲
トゥールーズ・カピトール管弦楽団、ミシェル・プラッソン指揮
7. ドビュッシー:小組曲(ビュッセル編)−バレエ
ノーザン・シンフォニア、ジャン=ベルナール・ポミエ指揮
8. ボロディン:だったん人の踊り
ロイヤル・リヴァープール・フィルハーモニー管弦楽団、チャールズ・マッケラス指揮
9. リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行
パリ音楽院管弦楽団、アンドレ・クリュイタンス指揮
10. バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリーからの交響的舞曲−プロローグ
ミネソタ管弦楽団、エド・デ・ワールト指揮
11. デュカス:魔法使いの弟子
ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団、ディミトリ・キタエンコ指揮
12. シベリウス:悲しきワルツ
エストニア国立交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
13. シャブリエ:エスパーニャ
トゥールーズ・カピトール管弦楽団、ミシェル・プラッソン指揮
14. チャイコフスキー:くるみ割り人形−こんぺい糖の踊り
フィルハーモニア管弦楽団、ジョン・ランチベリー指揮
15. ムソルグスキー:はげ山の一夜(リムスキー=コルサコフ編)
ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団、ディミトリ・キタエンコ指揮
16. ビゼー:子供の遊び Op.22−舞踏会(ギャロップ)
トゥールーズ・カピトール管弦楽団、ミシェル・プラッソン指揮

CD2
1. ショスタコーヴィチ:ワルツ 第2番
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
2.シャルパンティエ:テ・デウム−前奏曲
アカデミー室内管弦楽団、フィリップ・レッジャー指揮
3.エルガー:威風堂々 第1番
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ユーディ・メニューイン指揮
4.グリーグ:ホルベアの時代より Op.40−前奏曲
エストニア国立交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
5.フォーレ:パヴァーヌ
イギリス室内管弦楽団、ポール・トルトゥリエ指揮
6.プロコフィエフ:ロミオとジュリエット−騎士たちの踊り
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
7.ヘンデル:サラバンド(ヘイル編)
アカデミー室内管弦楽団、アレクシス・ブリガー指揮
8.ハチャトゥリアン:ガイーヌ−剣の舞
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮
9.ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ノーザン・シンフォニア、ジャン=ベルナール・ポミエ指揮
10.チャイコフスキー:白鳥の湖−ワルツ
フィルハーモニア管弦楽団、ジョン・ランチベリー指揮
11.ブリテン:青少年のための管弦楽入門−パーセルの主題
パリ管弦楽団、イゴール・マルケヴィッチ指揮
12.メンデルスゾーン:真夏の夜の夢−スケルツォ
ロンドン交響楽団、バリー・ワーズワース指揮
13.サン=サーンス:動物の謝肉祭−水族館
アカデミー・オブ・ロンドン、リチャード・スタンプ指揮
14.サン=サーンス:死の舞踏
トゥールーズ・カピトール管弦楽団、ミシェル・プラッソン指揮
15.プロコフィエフ:ピーターと狼−ピーターのテーマ
アカデミー・オブ・ロンドン、リチャード・スタンプ指揮
16.ストラヴィンスキー:春の祭典−春のきざし(乙女達の踊り)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ケント・ナガノ指揮
17.ヴォーン=ウィリアムズ:グリーンスリーブズによる幻想曲
ロンドン室内管弦楽団、クリストファー・ウォーレン=グリーン指揮
18.ボロディン:中央アジアの草原にて
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ジョルジュ・プレートル指揮
19.ムソルグスキー:展覧会の絵−卵の殻をつけたひなどりのバレエ(ラヴェル編)
ロイヤル・リヴァープール・フィルハーモニー管弦楽団、チャールズ・マッケラス指揮
20.オッフェンバック:パリの喜び−カン・カン
フィルハーモニア管弦楽団、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮


“レジェンド”というだけあって、ビッグネームがずらりと並んでいて、しかも名録音のいいトコ取り。繰り返しこのアルバムを楽しむもよし、これをもとにオリジナル録音を探すのもよし、楽曲・楽団・演奏家を詳しく調べるのもよし、とにかくあらゆる可能性を秘めたオムニバス。
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ジョン・コルトレーン 最後のライブ

2009/10/02 04:41
オラトゥンジ・コンサート(ザ・ラスト・ライヴ・レコーディング)




コルトレーンは晩年、フリージャズ的な演奏に傾倒して、録音された順に彼の演奏を聴いていくと、音楽の形がどんどん崩れていくのがはっきりと聴いて取れる。“彼はリスペクトするアーティストとしてオーネット・コールマンを挙げた”という記載を頻繁に目にするが、例えそれが風聞であろうとも納得してしまう。
日増しに激しさを増していくその音楽を追っていくと、その行き着く先は決して想像も出来ないし、ただただ畏怖してしまう。1967年のこのライブには、間違いなく彼が追い求めた高みが詰まっている。このライブの3ヵ月後、コルトレーンは40歳という若さでこの世を去る。肝臓がんだった。アルバム最後の♪My Favorite Things を聴くと、病死ではなく、まるで精神をすりつぶして散っていったかのような錯覚に陥ってしまう。

このアルバムを聴いた後で、マイルス、オーネット・コールマンを聴く─

'Round About Midnight
マイルス・デイビスのもとにいたころ、ジョン・コルトレーンは、その粗末な演奏を嘲弄されたらしい。確かに、ジュリアード出身のマイルスの演奏は練達していて、コルトレーンの演奏は非常に不安定なものに感じてしまう。よく言えば自由で可能性を感じる演奏であるのだが、オーネット・コールマンの演奏に対して批判的だったマイルスなどにとっては、とても納得できるものではなかったのであろう。


The Shape of Jazz to Come


情熱的なコルトレーンを聴いた後だと、このコールマンの試みも上品なものに聴こえてしまう。意図的な不協和音、意図的な逸脱、すべての音に奏者の意思を感じる─これほどまでにすごいアルバムだったとは…コルトレーンを聴くことによってコルトレーンが追い求めた音楽を垣間見たような気がした…が、それは錯覚であろう。コルトレーンの終着点は、オーネット・コールマンの音楽とは全く違うものであり、ある種超越したものを感じるわけで、たとえ彼がもっと長生きをしてその精神性を高めたとしても、決してコールマンのような音楽にはなり得なかっただろう。まぁ、勝手な想像ではあるが…。

壊れたコルトレーンが再構築される様を聴いてみたいと、ないものねだりを感じつつ、至上の愛…バラード…ジャイアント・ステップ…カインド・オブ・ブルー…と遡上の旅へと出掛けます。

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ヤネク・ヴィシニェフスキのバラード

2009/09/16 22:57
ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダの「大理石の男
冷戦時代のポーランドが描かれていて、明確に理解するには予備知識が必要となるために、なかなか取っつきにくい作品ではあるが、そのタイトルバックがなかなかカッコイイと個人的には思っている─



─全面に広がる黄色のポーランド語、いかにも70年代といったフュージョン的音楽、女声の響き、パンタロン…それらマテリアルが見事に絡み合い、見ている側を幻惑させてくれる。幻惑されたならば、忍耐強く最後まで見て、あまりよく理解できなかったならばポーランドの現代史を学習して、そしてまた再度「大理石の男」を見ればこの映画の本当の素晴らしさを理解することができるだろう。そしてさらに、続編「鉄の男」も楽しむことができるので、必見なのです。

映画「鉄の男」は1981年カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞しているだけに、予備知識なしでも漠然と理解できて、それなりに感動することも出来るだろう。しかし、言わずもがな、その時代背景をよく理解して観賞すれば、その感動は何倍にもなって返ってくる。
個人的には、エンディングに流れる♪ヤネク・ヴィシニェフスキのバラードが非常に気に入っている。



この歌にもしっかりと意味がある。
1970年12月、物価値上げの発表に反発したポーランド・グダニスクのレーニン造船所の労働者がストを開始、市民を巻き込み一部が暴徒化し軍隊が出動、最終的に多数の死者・負傷者を出して事態が収拾された。この「12月事件」の犠牲者の中に青年ヤネク・ヴィシニェフスキも含まれていて、彼の死を悼んで♪ヤネク・ヴィシニェフスキのバラードが生まれる。それが歌い継がれ、やがては労働者の連帯を象徴する歌となったという。



映画「鉄の男」の本編中でも、“ヤネク・ヴィシニェフスキ”がしっかりと描かれているので、どこでどう描かれているのか、ぜひとも確認してみてください。



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Raising Sand

2009/08/27 04:45
ロバート・プラント/アリソン・クラウスのアルバム「レイジング・サンド」について記述するのは、2度目か3度目か・・・。それほど魅惑的なアルバム。

某BSで彼らのライブ映像が放送されていた。非常に素晴らしい演奏で、とりあえずの“ながら”でテレビをつけていたのが、いつの間にか画面に釘付けになっていました。

プラント、クラウスのパフォーマンスはもちろん素晴らしいのですが、マーク・リボーのバンジョー、ギターがものすごく効果的で、彼の多才っぷりが十二分に発揮されていて、これもこのアルバムが大成功した要因なのかもしれないという思いに至り、さらにはこのセットを作り上げ、このサウンドを作り出そうとした中心人物、Tーボーン・バーネットという名プロデュースっぷりにも思いを馳せた─。無理は承知で、このセット…来日してくれないかなといまだに思っている次第です。

レッド・ツェッペリンが再結成されるか否かと騒がれていた時期、プラントはちょうどアリソン・クラウスとのツアーの予定が入っていたために、再結成は実現しなかったそうですが、納得です。
プラントがアリソンに向かって「僕が君たちの世界の音楽を知ることができて、非常にうれしい─歌うことが学習だ─」というようなことを語っていた。60を過ぎてもさらに進化をし続けるプラント。過去に固執するよりもずっと魅力的に感じます。
最後にプラントは「みんな2枚目を待っているだろう。自分たちも頑張らないと!」という意味深な発言をしていました。ロバート・プラント&アリソン・クラウスを生で見る可能性はまだ残されているとみました。マーク・リボーとTーボーン・バーネットも一緒にぜひ!!
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風が吹くとき When the Wind Blows

2009/08/24 22:05
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風が吹くとき デジタルリマスター版 [DVD]

毎年、夏には数々の戦争映像が放映されている。子供のころはそれが嫌で嫌で仕方がなかったが、年齢とともに、漠然とその意義を実感してきた。戦争そのものが醜悪なものであるから、その映像をピュア・マインドで見たならば、それを嫌なものに感じることは必然的なことであろう。だからといって、その映像を流さないわけにはいかないし、それを子供心に映してあげることも必要なことなのだろう。あくまで戦争を本当に醜悪なものと捉えられるよう─、その映像は時として不思議な魅惑を放つこともあるから─。

セルアニメとクレイアニメが融合した映画「風が吹くとき」は、色彩豊かでありながら不思議なリアリティーを感じる作品。現実世界と想像の世界が自由に展開していて、反戦とか教育といった道徳的なことを抜きにしても非常に優れたアニメーション。音楽も、デビッド・ボウイ、ジェネシス、そしてロジャー・ウォーターズといった有名どころが名を連ねていて、それがさらに作品の質を高めている。
When the Wind Blows
もともとレイモンド・ブリッグス著の同名絵本が原作。それ故に、色使いがカラフルになっているのだろう。
風が吹くとき
ストーリーの大部分はある一軒家の中で展開されているのだが、その室内が緑と赤という補色でカラーリングされている。それだけで非日常的で、現実離れした世界であるはずなのに、妙なリアルさを醸し出している。故に、淡々と語られる放射能の恐怖を嫌になるくらい身に染みて感じてしまう。これを全世界の人が見れば、決して核戦争など起こらないだろう、そう考えるのは楽観的なのか…
悲しいかな、これを見終わって、核シェルターを作ってみようかなと思ってしまった自分がいた。核兵器がなくなることは決してない、そう思っているうちはずっと核の恐怖におびえるのであろう。

最期に聴く音楽はこれにしよう─
♪Folded Flags by Roger Waters

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without records

2009/08/05 17:55
2009年7月、大友良英 ENSEMBLES 09『休符だらけの音楽装置宣言』と題した芸術活動(?)が始まっている。その展示第一弾となる「without records」を体感してきた。

without records
大友良英+青山泰知+伊藤隆之/YCAM Inter Lab+α
会場:Vacant
会期:7.4 (Sat) – 8. 9 (Sun) 13:00-20:00
入場料:500円/限定DVD付チケット*:1,000円

約100台の古いポータブル・レコード・プレーヤーを用いた大規模なサウンド・インスタレーション《without records》、初の東京展。会場1階スペースは「ENSEMBLES 09」の映像や写真のアーカイヴをはじめとする展示や今後の情報をオンタイムに発信するなど、「休符だらけの音楽装置」展の情報発信基地となる。(Vacant ホームページより)


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レコード盤が載っていないターンテーブルがランダムに自動回転する。静かなノイズが虫の音のごとく流れ、その音に連動しているのか連動していないのか定かではないが、天井からつるされた蛍のごとき豆電球が明滅を繰り返す。
ソフトがない音楽鑑賞を存分に堪能。

そういえば、前世代のiPodのダイヤルを回す音って、心地よい。





次は映画「KIKOE」を見にいこうか─

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聖母の御子

2009/07/31 06:01
テレビから聴きなれたギター音楽が流れてきた。確かに以前練習した曲、しかし、思い出せない。年かな・・・

ギターを弾かなくなってだいぶ経つが、そのころはギター音楽以外は聴かない時期もあったほどなぜかギターに固執したものだが、いまではギター1本で奏でられる音楽が何か物足りなく聴こえてしまい、ギター音楽を積極的には聴いていない。何か大切なものを失ったような気がして、たまに寂しさを感じてしまうのだが、ギターから離れることでたくさんの音色が耳に入るようになってきて、音楽を観賞する上では、以前と比べものにならないくらい楽しめている気がする。

♪聖母の御子

カタルーニャ民謡でカタルーニャの音楽家・リョベートの編曲が有名であるとか。リョベートがギターで奏でて有名になった曲といえるのでしょう。その原曲はずっと昔からギターで演奏されてきたのだろう、と思いたくなるほどに、素朴で郷愁的な音楽だ。
ギターのルーツは古代メソポタミア文明やエジプト文明にあるといわれるほど古いのだが、いわゆるクラシックギターと呼ばれるものは、19世紀後半、スペインのギター製作者アントニオ・デ・トーレスが作ったもので、その歴史は浅く、その音色も新しい。トーレスが製作した6弦ギターをリョベートの師であるタルレガが使用、リョベートに受け継がれ、さらにはセゴビアやイエペスがそれを世界中に広めるに至って、現代の6弦ギターがあるわけだ。

リョベートのギター音楽は技術的には比較的優しい。それでいて、そのメロディーは非常に美しいので、クラシックギターを始めるならばリョベートからがベストでは?と素人ながらに思っている。

♪アメリアの遺言

これもカタルーニャ民謡でリョベート編曲。
ゆったりとしていて、短い、だから容易に感じてしまうが、意外と難敵かもしれない。しかし、決して弾けないものではないので、志を高く、頑張りましょう。

上が無理なら下がありますよ。

タルレガの♪アデリータ
これはいいでしょ。


ギター音楽、最高です。


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バンドロゴ

2009/07/21 02:17
中学のときに使用していた筆箱。

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「BURRN!」の付録だったか
「METALLION」の付録だったか
バンドロゴのシールを
とにかく貼り付けた
カッコイイものが台無しですね
でもまぁ、これはこれで
カッコイイかも…


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ルツェルン音楽祭

2009/07/15 17:53
クラウディオ・アバド指揮・ルツェルン祝祭管弦楽団演奏・マーラー交響曲第2番「復活」の映像を観賞、夏になると国内外においてあらゆる音楽祭が開催されるものだと、改めて思う。

ルツェルン音楽祭はスイス・ルツェルン州にて毎年8月〜9月に開催
スイスでの音楽祭といえば、モントルー・ジャズ・フェスなども思い浮かぶ。これは7月〜8月に開催されているようで、スイスの夏は毎年、音楽的に熱いものがある。それはともかく─
今年のルツェルン音楽祭の出演者を探ってみると
・アバドのルツェルン祝祭管弦楽団
・サロネンのフィルハーモニー管弦楽団
・ラトルのベルリン・フィル
・ヤンソンスのロイヤル・コンセルト・ヘボウ
・メータのウィーン・フィル
・ブーレーズ
・ランラン
・神尾真由子
・ヨーヨー・マ
など、このほか多数、名の通った音楽家が揃っている

LUCERNE FESTIVAL IN SUMMER


今年、アバド/ルツェルン祝祭管弦楽団が演奏するマーラーの交響曲は第1番と第4番のようだ。もちろん、どこかのパックツアーに参加して、生で見たいのは当然のことではあるが、現実を見据えて、テクノロジーに感謝しながら、その映像を心待ちにしていよう。

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第25回<東京の夏>音楽祭2009・オープニング

2009/06/30 10:24
 

第25回<東京の夏>音楽祭2009
The 25 th Tokyo Summer Festival 2009

日本の声日本の音

Voices and Sounds of Japan




今年で最後の<東京の夏>音楽祭が開幕

オープニング・コンサート
東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル
{曲目}
石井眞木:聲明交響 II(オーケストラ・アンサンブル金沢ver.)
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 Op.92
{出演}
井上道義(指揮)
オーケストラ・アンサンブル金沢
東京楽所(雅楽/舞楽)
天台聲明音律研究会(聲明)


3階からの観賞、観客まばら、自分の両隣ともに空席、かなりゆったりと楽しむことができた。そのせいか、最初の聲明で睡魔が襲う。
マス状に設えられた舞台、奥にはひな壇、聲明演者がゆっくりと移動しながらその舞台で唱え、客席から見て右側には雅楽・左側にはオーケストラという布陣、不思議な空間に目が奪われるものの、目をつむるとどうしても意識が飛んでしまう。
聲明の癒やしの音とともに夢の中を歩んでいると、そこへ突然、オーケストラの爆音が鳴り響き、そこでやっと我を取り戻す。いつの間にか、升の中では舞が行われたりする。夢と現実とが錯誤しながら、捉え所ないままに演奏が終了。

それにしても、このホールはよく音が響き渡る─

オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏は安定していて、非常にパワフルで、交響曲第7番は安心して観賞することが出来た。決して人数は多くないオーケストラであるものの、非常に強力は音が繰り広げられて、夢をさまようことなく、しっかりと現実を見据えたまま、カーテンコールを送る。アンコールは、ホールの名にふさわしく、武満徹でオープニング・アクトが終わった。

ここから1ヵ月、<東京の音>音楽祭が始まる。
宇宙の音を創造した男」「日本の電子音楽
この2つの公演が気になるところ。時間が許せば、足を運んでみようか・・・

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Chickenfootを聴く

2009/06/19 04:11
先週の今ごろ、ベストヒットUSAにキザイア・ジョーンズが出ていたと記憶している。“うわさ”しか耳にしたことがなかった彼の音楽を、実際に聴くのは初めて。♪My Kinda Girl という曲のPVが流された。どうも自分には合わない音楽かなー。



しかし、その人柄には、とても惹かれた。とっても、いい人なんだろうなぁ、という印象。それと、キザイアモデルのギターも、結構良かったなぁ。デザインもいいし、すごく弾きやすそうだったし─

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…と、本題はキザイアの話ではございません。
その番組終わり、再び♪My Kinda Girl という曲名を目にして、こんな偶然って・・・もしかして運命?などと妄想したアルバムがこれ─

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Chickenfoot
ボーカル、サミー・ヘイガー
ギター、ジョー・サトリアーニ
ベース、マイケル・アンソニー
ドラム、チャド・スミス

まさにスーパーな面々。にも関わらず、チキンフットというバンド名、そしてなんと言っても、このバンドロゴが非常にいい。期待大─・・・しかし、キザイアの♪My Kinda Girl は気に入らなかったから・・と多少の不安。チキンフットのこれとキザイアのこれは同じ曲なのか─、毛色の違うミュージシャンが同じ曲をやるのも悪くないかも、と勝手に決めつけて、いざ視聴。
♪My Kinda Girl は単に名前が同じだけで、全く別次元の曲でありました。しかも、まぁ・・・それほど気に入ることもできず─、アルバム全体の音楽があまり・・・。運命のアルバムではなかったのかな。

メンバーの名前を見て、ピンと来る人は多いことでしょうけど、どうしてもあの「5150」を思い出してしまう。当時は、デービッド・リー・ロスがヴァン・ヘイレン(VH)を脱退し自らのバンドを結成、代わってサミー・ヘイガーがVHのボーカルとなり、新生VHは大成功となったわけだ。時は経て─、人間長生きするもんだなーと言うのは大げさかもしれないが、それくらいの大どんでん返しの出来事─デービッド・リー・ロスがVHのボーカル、そしてサミーが独自のバンド─非常に興味をそそられてしまうのです。と同時に聴く側としては「5150」と比べたくなるわけで、比べてみると、なんか雰囲気が非常によく似ていると感じてしまい、それがかえって、この新作をつまらないものにしているように思ってしまう。偉そうに言ってしまったが、あくまで個人的な見解なので─。

となると、もしかしたら、ヴァン・ヘイレンの新作は非常に良い?という法則を勝手に思い描いてしまうのだが・・・。復活エディーのプレイはいかなるものか、エディー親子のコンビネーションはいかなるものか、こちらもそそられる要素満載です。それにしても、新作はいつ出るものやら・・・。

いっそのこと、いつかのイエスのごとく、2つが1つになってみてはいかがなものか。個人的には、イエスが大人数だったときの「結晶」はかなり好きなんですが─。プログレだから大所帯でも成立したのであろうけど、ハードロックとなるとあまり大人数という考えはないかもねぇ。

昨日は久々に「Flying in a Blue Dream」をじっくり聴いた。やっぱ、ジョー・サトリアーニはソロのほうがいいかも。

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History, Mystery

2009/06/09 11:44
History, Mystery



ビル・フリゼールを中心とした、オクテットの音遊び。
8種類以上の音が交錯していながら、そのメロディーは非常に軽やかで、もしかしたら薄っぺらなものに感じてしまうかもしれない。しかし、その軽やかさが不思議と音遊びの魅力を高めているような気がする。
1つ1つの楽曲は軽いが、アルバムはCD2枚組と、かなりの重み。その内容は─
アーティスト/コミック原作者Jim Woodring との70 分間に渡るマルチメディア作品『Mysterio Sympatice』のために制作された楽曲。"Stories From The Heart of the Land"という2007年にNational Public Radioのために作られた6回シリーズのラジオ番組のために作曲した楽曲。3曲のカバー曲(Theolonius Monk、Sam Cooke、Boubacar Traore)
─というのも。Jim Woodring なる人物は何者か…。
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不思議なテーストのイラストを描いているようだ。どこかで見たようなこのテースト…
Gone, Just Like a Train
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過去にビル・フリゼールのジャケも描いていた。

さて、話を History, Mystery に戻す

Jim Woodring のイラストを見ながら聴くと、なかなか雰囲気が合っていて、思わず笑ってしまう。今回のアルバムも彼の絵を採用すれば良かったのでは─。
アルバムに収められている曲のほとんどがサウンドトラックのような、バックグラウンド・ミュージックであり、何かをしながら聴くのに最適だろう。
映画のための音楽も結構手がけているビル・フリゼール。得意分野なのかもしれない。このアルバムは、今年の第51回グラミー賞、ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム、ノミネート。しっかり評価も得ているようだ。
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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009 公演番号269

2009/05/28 05:07
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現代において我々が目にするチェロの姿というのは、18世紀末ごろに確立したものらしい。それまでは、様々な形態のものが存在したという。
J.S.バッハが活躍した18世紀初頭の文献などには、チェロを「バイオリンのように弾いていた」と記されているようだ。また、当時の絵画や彫刻などには、肩に掛けてチェロを弾いている様が見られるという。
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復元されたバロック時代に存在したという肩掛けチェロ、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラでの無伴奏チェロ。演奏は寺神戸 亮、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラやバロック・バイオリンなどでの復元演奏に尽力している。

無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調 BWV1008
日常において、あまり積極的に聴かないマイナーメロディー。音の安定感に欠ける“肩掛けチェロ"の音色。音楽を鑑賞しているというよりも、音空間を体感しているという感覚。どんなメロディーが奏でられていたのか、全くといっていいほど記憶にない。

無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調 BWV1012
日常において、好んで聴く高音メジャー。“肩掛けチェロ”のような素朴な音色の楽器で、超絶テクニックを見せつけられると、思わず鳥肌が立ってしまう。耳慣れない音色・しかも不安定な音色で、耳慣れた音楽が耳慣れたとおりに奏でられる、当たり前のようでいて、普段決して経験することのない空間。これがバッハの時代の時空なのか─。

予定の演奏が終わると歓喜の喝采、そしてアンコール─
無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007 前奏曲
再び18世紀ヨーロッパの音空間。幻惑されて本日のバッハ、終了。
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Man Of Aran / BRITISH SEA POWER

2009/05/15 05:34
ドキュメンタリー映画の父、ロバート・フラハティの代表作「アラン」。制作された1934年当時、この映画はサイレントだった。現代において、DVDやウェブ上で「アラン」を見ると当然のように音が付随しているが、それら音楽や台詞はオリジナルではないわけだ。しかしながら、それら後付である装飾の効果は、思いのほか絶大であったりする。

じっと見ていると、どんどん引き込まれていく。ふと思うのは、その音楽によって引っ張り込まれているということ。確かに映像自体の迫力はある。しかしそれをいっそう高めているのが、誰が付けたか分からないが、付随されている音楽なのだろう。
さて、今ここで自分は巨匠の名画を記そうとしているのではなく、それに関連する気になる音楽を発見したために記録する。

Man Of Aran / BRITISH SEA POWER

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「ロバート・フラハティが1934年に制作した映画 “Man Of Aran”という映画のサウンド・トラック」という解説があり、反射的に反応してしまった次第。
ブリティッシュ・シー・パワーなるバンドは、初耳だが、どういった方々か─調べるに、英国方面のインディーズバンドで、ギター・ポップ、インディー・ロック、パンク等々のラベルが貼られている。
スタジオ録音アルバムとしては4枚目となる今回の作品は、今までとは異色であるようだ。しかしながら、ほかのアルバムの音色も何となく想像できる気が…聴かずして判断するのは危険だろう。とにかくも、この「アラン」のサントラをじっくり聴いてみたい。

彼らが所属するレーベル、Rough Trade Recordsがプロモート用だと思われる「アラン」+ブリティッシュ・シー・パワーの映像をYouTube上にアップロードしている。格好いい映像だと思うと同時に、格好いいと思ったのは音楽に対してなのだろうかとも思ってしまう。それにしても、この映像は再編集されているのだろうけれど─、さて、もとの映像はどうだったか…記憶がない。また改めてオリジナルの「アラン」を見なければなるまい。
オリジナルとこのサントラを比べるのもよいが、やはり、再構成されたブリティッシュ・シー・パワー版「アラン」をすべて見たいものだ。彼らはすでに映像とともにライブをしてしまっているということ。その映像もアップロードされていた。

2008年6月19日付である。どうやら今回のアルバムは、ライブで行っていたものの集大成のようだ。映像つきのライブをぜひ見たいと思ったのは淡い期待だった。もっとも、爆発的なセールスを記録すれば来日もあるかもしれないが、難しいだろう。
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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009 公演番号282

2009/05/12 13:17
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相田みつを美術館での公演。数々の作品が展示されている、まさにそのど真ん中での演奏。環境は最高。ただ、狭いスペースのため、多少の圧迫感。オーケストラの演奏は無理だろう。
今回もソリストの演奏。グナール・レツボールなるミュージシャン。柔和なスティーブン・セガールといった印象。バロック風(?)の衣装をまとい登場。
手に持つ楽器はバロック・ヴァイオリン。見た目は現代のヴァイオリンと変わりない。音もそれほど変わらないが、倍音のような装飾音が多いような─ハルダンゲル・フィドルのように共鳴弦があるのかと思ったが、それは気のせいのようで、ガット弦を使用しているために倍音が鳴っているようだ。悪く表現すれば、その音は非常に不安定で、所々において演奏ミスをしているように思ってしまう。良くいえば、牧歌的で、時代を遡って、あたかもバロック時代の演奏会に身を置かれているような気分にさせられる─そんな印象のバロック・ヴァイオリン。
普段耳慣れない音、さらにヴェストホーフ、ヴィルスマイヤーという過去に聞いたこともない作曲家、そしてその音楽─個人的に、演奏されている音楽を捉えることが非常に困難だった。一度聴いただけでは決して記憶することはできない、今現在もどのような音楽であったか思い出すことができない。バッハに多大な影響を与えたであろう音楽だということだが、凡人たる自分には全く理解できなかった。
最後は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを演奏。これはバッハの音楽なのかどうか分からないくらい困惑。バロック当時のバッハの音楽と、現代のバッハの音楽というのは、別物なのかもしれない。


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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009 公演番号215

2009/05/08 04:26
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東京国際フォーラム内で最も大きなホールでの公演。ステージの両脇に大きなモニター、そこに演奏中の細かな表情などをしっかりとしたカメラワーク、スイッチングでライブ映写、その効果は極めて絶大。
1階40列目73番という座席。大ホールだけあって、やや遠く感じてしまうのは贅沢か…。演奏中は大画面モニターを眺めることが多かった。
ボリス・ベレゾフスキー、ブリジット・エンゲラーという有名ソリストの出演とあってか、大きな会場はほぼ満員。会場の熱気も高まっていて、予想外に騒々しい。もっとも、今年はチケット販売率が94%以上だったというから、どの公演も大盛況だったに違いない。
BWV1052、ブリジット・エンゲラーのピアノで始まる。非常に力強くて、それでいて流れるような演奏。素晴らしい。しかも、譜面めくり係を置かずに、どんなにハイスピードな演奏であっても、譜面台の譜面を自らものすごい速さでめくっていた。あまりの激しい動作に、これで本当にいいのかどうかという疑問さえも感じてしまった。
BWV1056、ボリス・ベレゾフスキーのピアノ。傍らには譜面をめくる人、─やっぱり必要ですよね─。体の大きさとは似つかない演奏、エンゲラーよりも力強さを感じない、しかしその繊細さは際立っていた。
同じ公演で2人のソリストによる似たような協奏曲を聴くと、素人感覚でもその演奏の違いが何となく分かるもので、演奏者によって曲の表情が変わるものだと実感できただけでも、この公演を聴いた甲斐があった。
BWV1060、エンゲラーとベレゾフスキーとの共演。2人の演奏の違いを何となく分かったつもりだったが、どちらがどの音を奏でているのか全く判別できず。しかも、演奏された2曲とも急─緩─急の3楽章構成で、さすがに最後は退屈に思ってしまった。しかしながら、2人の演奏、それにシンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏・ジャン=ジャック・カントロフ指揮、いずれも素晴らしいものであり、怠りなく最大限の賞賛を送った。
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