ポール・マッカートニー Out There Japan Tour

2013年11月11日(月)京セラドーム 大阪

2013年11月12日(火)京セラドーム 大阪

2013年11月15日(金)福岡ヤフオク!ドーム

2013年11月18日(月)東京ドーム

2013年11月19日(火)東京ドーム

2013年11月21日(木)東京ドーム

開場17:00 開演19:00

S席16500円 A席14500円 B席12500円

DSC_0002

先行予約でチケット入手。S席限定で2枚以内という縛り付き。チケットに当選したとはいえ、かなり納得できない座席番号。故に、一般販売での入手を試みるも、電話とネットでは不可能であった。数分で東京公演は完売。というわけで、11月18日(月)東京ドーム、入手したS席というのは、ステージ真正面とはいえ物凄く遠い2階席であった。

すでに、大阪、福岡とまわってきていたので、セットリストの大方の予想はついていた。そしてその予想通り、ほとんど同じ演目であった。

最悪の音、ドームだから仕方のないことなのか、しかし音楽を聴きに来て音が最悪ならば致命的ではなかろうか、普通はそう思う、しかしながらである、あんな酷い音でありながら過去に経験したことのないような感動をしてしまう。何なんでしょう、これは・・・。

11年前、2002年の東京ドーム公演ですでに生ポールは体験済みであり、歌唱力と演奏の能力に関して文句のつけようのないことは分かっている。現に、今回も最悪の音でありながら最高の歌唱力と演奏を堪能出来た。しかし、11年前より遥か上をゆくこの感動は何なのか。きっと、演目が違うからだろう、今回は40曲前後もやったのだから─、そう思っていた、そう思いつつも今回と前回のセットリストを改めて見比べてみる

2013

1.Eight Days A Week
2.Save us
3.All My Loving
4.Listen To What The Man Said
5.Let Me Roll It/Foxy Lady (instrumental)
6.Paperback Writer
7.My Valentine
8.1985
9.The Long And Winding Road
10.Maybe I'm Amazed
11.I've Just Seen A Face
12.We Can Work It Out
13.Another Day
14.And I Love Her
15.Blackbird
16.Here Today
17.NEW
18.Queenie Eye
19.Lady Madonna
20.All Together Now
21.Lovely Rita
22.Everybody Out There
23.Eleanor Rigby
24.Being for the Benefit of Mr. Kite!
25.Something
26.Ob-La-Di, Ob-La-Da
27.Band on the Run
28.Back in the U.S.S.R.
29.Let It Be
30.Live And Let Die
31.Hey Jude

アンコール1

32.Day Tripper
33.Hi, Hi, Hi
34.Get back

アンコール2

35.Yesterday
36.Helter Skelter
37.Golden Slumbers / Carry That Weight / The End

2002

1.Hello Goodbye
2.Jet
3.All My Loving
4.Getting Better
5.Coming Up
6.Let Me Roll It
7.Lonely Road
8.Driving Rain
9.Your Loving Flame
10.Black Bird
11.Every Night
12.We Can Work It Out
13.You Never Give Me Your Money~Carry That Weight
15.Fool On The Hill
16.Here Today
17.Something
18.Eleanor Rigby
19.Here, There And Everywhere
20.Michelle
21.Band On The Run
22.Back In The U.S.S.R
23.May'be I'm Amazed
24.Let 'Em In
25.My Love
26.She's Leaving Home
27.Can't Buy Me Love
28.Live And Let Die
29.Let It Be
30.Hey Jude
アンコール1
31.The Long And Winding Road
32.Lady Madonna
33.I Saw Her Standing There
アンコール2
34.Yesterday
35.Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band(Reprise)~The End

確かに曲目は違って入るものの、質やボリュームなどは、これを見るかぎりはそれほど変わりがないように思う。

やはり71歳というその年齢をもとにした驚嘆こそが大きな感動を呼んでいるのか、なぜそれほどまでに歌い続けることができるのか、ただ歌うだけでなく何故その歌唱力を保つことができるのか、アコギ・エレキ、ベースにピアノ、なんでその歌唱力でありながらそんな演奏ができるの、古希を過ぎているというのに!!とはいえ、演奏しているポールを、常に年齢を意識しながら見ていたわけではない。確かに最初はその年齢を強く意識したが、いつのまにか、ただ史上最高のアーティストの演奏を堪能するのみになっていた。

一つだけ確かなものとして感じたのは、その演出の素晴らしさ。見晴らしのいい席であったのも幸いして、映像と照明、そして時には火薬を駆使しての派手な演出は、大スターにふさわしいものであったし、大スターが大スターらしからぬ片言の日本語を終始一生懸命語っていたことにも共感してしまう。いい音聴きたけりゃクラシックやジャズでも聴きに行け、か─・・・。ブルーノートおなんかで弾き語るポールなんてのも見てみたいんだけど、まぁ無理だな。

個人的には、思わず共に歌ってしまったイエスタデイと映像が格好良かったヘルター・スケルターが一番印象深い。そして最後のジ・エンドを終えた後、「See you next!」というその言葉に、次も何としてでも来なくてはなるまいと決意する。次はサイクルからすると10年後ぐらい?となると、傘寿超えですか。今回が最後とか言われているけれども、次もあるような気がするのは自分だけではないはず。音楽こそが生きる術、生き続ける限りきっと歌い続けるはず。だから、きっとまた「タダイマ!」と叫んでくれることを期待して、とりあえずNEW (Deluxe Edition) でも聴きますか。

イーハトーヴ交響曲 @ オーチャードホール

 


冨田勲×初音ミク
無限大の旅路 ~イーハトーヴ交響曲~

2013/9/15(日)13:30開演/18:00開演
2013/9/16(月・祝)13:30開演
Bunkamura オーチャードホール
料金:S¥9,500 A¥8,500 全席指定(税込)
【指揮】
 河合尚市
【管弦楽】
 東京フィルハーモニー交響楽団
【出演】
 初音ミク(ヴァーチャルシンガー)
 ことぶき光(エレクトロニクス)
 梯郁夫(パーカッション)
 鈴木隆太(シンセサイザー)
【合唱】
 慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男性合唱団
 聖心女子大学グリークラブ
 シンフォニーヒルズ少年少女合唱団
【プログラム】
 新日本紀行
 山田洋次監督映画音楽集
  たそがれ清兵衛~隠し剣鬼の爪~武士の一分~おとうと
 子供のための交響詩
 新・ジャングル大帝2009年版 ジャングルの朝~動物たちのつどい
 勝海舟
 イーハトーヴ交響曲
 リボンの騎士(アンコール)
 青い地球は誰のもの(アンコール)

 


S席1階6列目10番、ステージ向かって左側からやや見上げる位置、弦楽と指揮者の表情はよく見えたが、管楽などステージ全体を見ることができなくて多少不満。

新日本紀行から勝海舟までが前半、15分の休憩をはさんで、イーハトーヴ交響曲から最後まで演奏というプログラム。

前半部は新日本紀行のほかは耳慣れない曲ばかり。映画やテレビのための音楽というのは、もともと映像ありきで作られているためか、音楽に集中できずに聞き流してしまった。

後半、交響曲が始まる前に冨田勲氏の御言葉あり。東京フィルが新作を演奏してくれることを喜び、その低音部の鳴りを非常に褒めていた。同時に、初音ミクというバーチャルシンガーと生の演奏が融合したこの新しい芸術を自画自賛していた。冨田氏が客席に着席すると間もなく、メインの演奏がスタート。

シンフォニーヒルズ少年少女合唱団が歌う宮沢賢治作詞作曲の「牧歌」を拝借したコーラスから始まったその演奏は、全てにわたって満足がいくもの。初音ミクの絡みや動き、溶け込みといったものも至極自然で、まさに質の高い総合芸術であった。特に、第5楽章というべきなのか「銀河鉄道の夜」の部分は、ステージ上部に大きく投影されたイメージ映像が効果的で、ラフマニノフの交響曲第2番を拝借しているそのメロディーと相まって、大きな感動を呼び起こす。この交響曲のために専用のステージをしっかり組んで欲しい─もっとイメージ映像がしっかりと映し出されるようなスクリーンなどを設置するなどし、より音と映像が融合するような仕組みを作り上げて演奏されるべきなのではと、夢想してしまった。

あまりに素晴らしい交響曲の演奏で、申し訳ないがアンコールの曲が非常に煩わしいものに感じる。称賛の拍手はどうしてもアンコールを求めるものになってしまうか。

イーハトーヴ交響曲の演奏終了後にも冨田氏の御言葉あり。氏によると、新しい芸術の始まりとしてこの交響曲が位置づけられると言っていた。確かに、それくらいの作品であり演奏であった。しかし、バーチャルと生演奏の融合というのは想像以上に難しいものだと思うわけで、この作品は奇跡的に生まれたようなものかもしれない、そう思うとこのような作品が後に続くことが想像できない、まさに唯一無二のアートであると思えるのだが、果たしてどうだろうか。想像を超えることがアートであるとも言えるのであるけれども…。

終わってみて、やはり、ステージ全体を見渡せなかったことが非常に残念だった。できることなら、初音ミクをどのようにリアルタイムで演出しているのか、その端緒などを確認したかった。

音楽は文句のつけようのないくらい完璧、それというのもクラシック音楽の歴史を考えたならば当然ではあるけれども、歴史が浅い映像やCGに関していえばまだまだ改善の余地はあり、そして、また洗練された総合芸術を鑑賞したいものである。

いまはただ、この新しいものを生み出した全ての人に対して、惜しみない拍手を贈りたい。

HELGE LIEN TRIO @ 東京ジャズ “the CLUB”

蒸し暑く、大雨の降るなか、久々の音楽観賞─

2013_tokyo_jazz_logo_bk


2013. 9.8.sun COTTON CLUB コットンクラブ
[東京JAZZ "the CLUB"]
<JAZZ CRUISE NORWAY>
HELGE LIEN TRIO
[1st. show] open:4:00pm / start:5:00pm
[2nd. show] open:7:00pm / start:8:00pm
Charge ¥3,000 《全席自由席・税込》

2ndを選択。1ドリンクオーダー制とはいえ、かなりお得。しかも全席自由とあって、開場前から行列が…30人ほど後につく。既に、前回彼らを見聴きした際に確認した観客数を超えているかもしれない。

ここはインターネットなどで予約すると、チケットではなく名前確認のみで入場となる。ステキなシステムではあるけれど、明確に証明する物を自らが持っていないとなぜか不安になるものだ。そんな心配をよそに、無事に入場─

DSC_0067

ステージ向かって右側のカウンター状の席に着席。手前にベースがくる位置。悪くはないが、少々狭い。やはり複数人数で来てボックス席を選ぶのが賢明だったか…何せすべてが自由席で早い者勝ちなのだから。

開演まで1時間あるということは、ゆっくり食事ができるということであり、これで腹ぺことなると美味しそうなものに飛びついてしまう─

08

フォアグラとポルチーニ茸を詰めた 福島県産 伊達鶏モモ肉のロティ ジャガイモのニョッキ添え 松の実風味のソース、ポークリエット、ダージリンティー、以上3品の注文でライブ自体の値段を余裕で超えてしまうという恐ろしさ…。反面教師と記憶しておこう。

料理が全部出揃ったころ、ようやく開演時間が迫ってくる。180席あるという会場はほぼ満席状態。正直、こんなに入るとは思いもしなかった。事前にみんなが知るということが重要なのだと、再認識。

さて、食事半ばでメンバー登場。というわけで食事しながらの観賞。なんとオシャレ、とはいかないもので、なかなか演奏に集中できない。あまり調子に乗ってナイフとフォークを持つべきじゃないと肝に銘ず。

全体を通して何を演奏していたのかあまり記憶していないが、直近のアルバム「Natsukashii」からの曲が多かったように思う。ライブの始まりはアルバムラストの曲♪Living In Different Livesで、ライブの最後のアンコールの曲はアルバム最初のタイトル曲♪Natsukashiiだったということしか明確に覚えていないが、随所にインプロビゼーションを絡めたその演奏は素晴らしいもの。このトリオはライブでは音質重視なのだということが、よく伝わってくる。こんな演奏を聴いてしまうと、その後で彼らのアルバムを聴いても何か物足りなさを覚えてしまう。それが良いことなのか悪いことなのか判別できないところだが、それほどライブの音が素晴らしいトリオだということだ。

残念ながら、自分が最も気に入っている曲♪Snurtの演奏はなかったものの、お気に入りのアルバム「Halla Troll」からも何曲か演奏してくれた─

※上の映像は2008年のベルリンでの演奏、それを拝借

今回はベースの近くということもあって、フローデ・バルグが奏でるメロディアスなベースラインにも魅了された。ヘルゲ・リエン・トリオ、またPA共々来日して素晴らしい音を聴かせてほしい。



2時間ぶりに外に出ると雨は止み、心地よい空気に包まれる。

Walkman と iPod

2012年10月、新型Walkmanと新型iPodが発売される。Walkman派の僕はもちろん、どんなにappleが大々的にiPhoneやiPadを発表しようとも、全く気にならないわけではあるけれども、新しいiPodの姿形が非常に気になったので、初めて両方買ってみた。
Walkman派といっても、別にブランドなどにこだわっているわけではなく、良いと思える方を常に選択している結果、現在はウォークマンを愛用しているということだけ。実際に、過去にはiPadを愛用したこともあった。そこのころは、iTunesの便利さとSonicStageの不便さを思っての選択であった。Xアプリに変わって、Wi-FiやAndroidが導入されてきたWalkmanは今のところ最強のように思える。
漠然と比較される(というか単に僕が勝手にそうしているだけなのかもしれないが)、WalkmanとiPod、何がどう違ってどちらがどう優れていて、本当はどちらが僕にとって最良なのか、この機会に比べてみたい、と、こじつけの両方購入である。

さて、今回購入したの下の2つ。どちらも姿形は非常に良い。絵で見るように、Walkmanの方が少し小さくて、がっちりとした印象。一方、iPodは少し大きめで非常に薄い。

SONY ウォークマン Fシリーズ
[メモリータイプ]
64GB ビビッドピンク NW-F807/P
最新モデル
第5世代 Apple iPod touch
64GB ブルー MD718J/A

僕は音楽を楽しむために、WalkmanやiPodを持ちたいわけで、ゲームやソーシャルという機能を使いたいのなら他の端末を使えばいいという考え。iPodにカメラがついていて、Walkmanにはついていないということは、僕にとってそれほど重要なことではなくて、むしろついていない方がいい。過去に「SONY ウォークマン Xシリーズ」を購入したときは、テレビ機能が不必要だと思ったものである。あらゆる機能や開発の力を、操作性や音の質の向上に捧げて欲しいものである。

容姿の次は機能や操作性。僕がiOSを使用するのはこれが初めて。意外と自由度がないんだなという印象。まあ、アプリケーションをほとんど使い慣れていないし、ダウンロードもしていないわけだから、それだけで判断するのは早計なのかもしれないが、見飽きたAndroidのほうがアクション的に楽しいのではと思ってしまった。iPodは所詮appleでしかないわけだから、致し方ないのかも。ただ、電池の持ちはiPodではないかと思った。そうは言っても、iPodをほとんど使用していないわけだから当然とは思うのだが、多少の使用で4~5日持つということは、Walkmanではあり得ない。不要なものがたくさん含まれているということなのだろう。別にOSの優劣を吟味しようというわけではないけれど、Androidは進化し続けるだろうが洗練されることはないだろうし、appleは常に洗練され続けるだろうけれど、進化もあれば退化もあるだろうなぁと感じた。

一番の問題は、音。iPodを購入した動機として、あの変わった形のインナーイヤフォンを使ってみたかったということもある。誰の耳にも合う銘打っているあのイヤフォンは、・・・最悪でした。自分の耳には全く合わず、終始ぽろぽろ落ちてきて非常にストレスを感じる。これだけで今回のこのiPodを買って失敗したと思ってしまうほど。一方、Walkmanの方は相変わらずいい音でした。仕方ないから、同じイヤフォンで同じ楽曲を聴き比べてみても、音の差を感じてしまう。音のクリアさというか質感がまるで違う。WalkmanもiPodも低音部を重視していることはよく分かるのだけれど、Walkmanでは低音が響きつつクリアな高音が鳴り響くのに対し、iPodでは重低音ながらも高音も同時にこもってしまうという印象。iPodは容姿も音も薄いです。

Walkmanを使用していながら、「mora」を全く使用していなかったのだが、10月のリニューアルで配信楽曲がATRAC132kbpsからAAC320kbpsに高音質化し、DRM(デジタル著作権保護)も外されたので、これからかなり使いそうな予感がしている。実際、moraから初めて購入した「機動戦士ガンダム トリビュートアルバム」などを聴いても、明らかに音の良さが伝わってくる。これをiTunesに取り込めばiPodでも聴けるわけだ。が、そんな面倒で無駄なことはやりません。Walkmanならばmusicファイルへ入れればそれで済むのにね。音楽を聴くのだったら、音も使い勝手もやっぱWalkmanでしょう。

個人的にはWalkmanにmoraではなく「Music Unlimited」をくっつけて欲しいのだが、まぁ今のUnlimitedの質なら勘弁だ。ちょくちょくフリーズや音飛びあり、何よりも接続がやたら遅い。まだあまり安定性のないLTE経由などでは安心して聴いていられない。PCのライン接続で聴いていてもたまに止まる。これが今のmora並みの音質で、接続も安定してくれれば、無敵だろうなあと思うわけだが、これはないかな。

僕の検証では、iPodは美しいおもちゃであり、Walkmanは優れた音楽プレーヤーだという結論になる。とはいっても、iPodをまだ全然使いこなしていないわけで、現段階の偏見的見方で公平性は欠く。それでも、iPodを音楽プレーヤーとして使うことは当分ない。

 

 

Helge Lien Trio in 新宿 PITT INN

 仕事で忙殺の毎日。なかなか更新できない・・・というより、音楽自体を楽しめていないような気がするのだが、久々、無理クリにライブへ赴いたら、めちゃくちゃ空いていて落ち着いた空間ですぐ目の前で演奏を見ることができて、しかも素晴らしいPA陣のおかげで、耳から体中に至るまで感動することができた。演奏も音もこんなに素晴らしいのに、人が全然周りにはいなくて、非常にもったいないような気もした。わざわざノルウェーから来てるっていうのに─。

 ヘルゲ・リエン・トリオが来日したのは9年ぶりだとか。つくづく、見てよかったと思う。そうは言っても、この公演を知ったのは公演の直前。音楽を愛する親切な方が、このブログにコメントしてくれて、ソッコーチケットを予約した。直前なのによく取れたものだとホットしたのだが、そんな焦る必要はなく、当日でも良い席で見ることができたなあ、とライブハウス内を何度も見回した。なんで?

2012年11月3日(土)- 11月4日(日)
両日とも 
会場:東京 新宿 Pit Inn
開場 19:30 開演 20:00
自由席 整理番号付 前売 5,000円  当日 6,000円 ドリンク付

Helge Lien   ヘルゲ・リエン     piano
Knut Aalefjær クヌート・オレフィヤール drums
Frode Berg フローデ・バルグ bass
   (専属エンジニア来日)

企画制作 Office Ohsawa
協力 Disk Union
後援 ノルウェー王国大使館


 土日のうち見たのは日曜日。日曜の夜だから空いていたのだろうか?一向に満杯にならない会場に、なんで自分がそわそわしなければならないのか、そう思っているうちに3人が静かに登場、初めて生で目にするヘルゲ・リエンは、案外スリムなんだという第一印象。

 一曲目はアルバム「Natsukashii」の最後の曲、♪Living In Different Lives
 なんと音質の良いこと。上手いとか曲がいいということもさることながら、音そのものが良いのである。そんな特別な音響設備であるとは思えないのだが─。その音質の良さは、専属PA陣も帯同しての公演だからなのか、しかし技術陣の帯同などということは特段珍しいことではないが、メンバー紹介の際にPA陣にも言及していたことは珍しいかなと思えたので、やはりこのトリオの音作りはバックアップがあってこそだということなのだろう。

 「Natsukashii」は3月11日以降、初めて購入したアルバム。心にしみた記憶が少し甦る。
 アルバムの全曲を演奏したように思うのだが、見事なインプロヴィゼーションとの組み合わせであったために、明確な判断ができなかった。まぁセットリストなどどうでも良くなってしまうほどの、見事な演奏空間を作り上げていた。20121104inPittInという一つのタイトルだけを記せばそれでいいのではなかろうか。
 現代音楽を彷彿とさせる自由すぎる演奏が展開する場面もありはするのだが、何か得体の知れないグルーブ感が終始トリオを包み込んでいた。どんなに音が壊れていようと、このトリオのリズムは決して崩れることはない。それが、どんな不協和音を奏でようとも、不思議な安心感を聴いているこちら側に与えてくれているのだろう。演奏している側はどうなのか?相当の熟練度を感じるし、完成度を感じるのだが、決して堅苦しくはなく、常に自由。常に自由でありながら、確固とした楽曲を重んじている印象。兎に角すごいなという─。
 9年ぶりの来日ということは、その時はまだアルバム「Hello Troll」のリリース前か─。ぜひともあの曲も演奏してもらいたいものだと、大きな期待。そしてそれに近づくように「Hello Troll」からの演奏も始まる。
 はや演奏もすべて終わった様子。はて最後の曲なんだったか・・・覚えていないのは待ち望んでいるあの曲を演奏しないから。当然のアンコールを少数の聴衆が頑張って求める。そして!お決まりのようにアンコールのためプチカーテンコールの中3人登場。曲は!?♪Natsukashii。なんとこの曲もまだだったのかと驚きつつも、いい曲だけどこれじゃないんだよヘルゲ君などと突っ込みたくなるのだが、じっと待つ。そしてまた、プチカーテンコール。さあ絶対アンコールするぞと心に決めたその時、ドラムが業を煮やしたようにリズムを刻むと、仕方がないとばかりに立ったままお行儀悪くヘルゲ君があのメロディーというかリズムを刻みだした!これでございます!!ヘルゲ様!!!

Snurt


 そして皆満足のもとに家路につく。すぐまた見たい・聴きたいけれども、なかなかオスロは遠いから・・・

SENSOU HANTAI, TEO TORRIATTE

「コードギアス 反逆のルルーシュ」をまとめて見た。非常に面白くて、R2まで一気に見てしまったのだが、どうも不思議な後味の悪さがずっと残ったままだ。多くの命が奪われてしまうからなのか、“差別的に占領されている日本国”という設定のためなのか・・・。現実社会で日本を狙っているとしか思えないロシア、中国、韓国といった国々で自国が占領されていると仮想したアニメやドラマなど存在し得るのか、存在したとしてそれが公の場で多くの人に受け入れられているということがあるのだろうか─、そんな重々しい思いが下腹部のあたりに溜まったままだ。

第二次大戦後の日本は米国に占領されていたわけで、コールドギアスの構想も間違いなくそれにならっているはずだ。いまの日本は米国から与えられたものなのだろうか─、コードギアスを見た中2はそう思うに違いない、そんな悪夢が頭をめぐり続ける。

そういえば自分の10代はどうだったか思い出してみると、中2らしくというべきか、洋楽ばかり聴いていた。ふと、カルチャー・クラブの「戦争の歌」という曲があったなぁと思い出す。「SENSOU HANTAI, SENSOU HANTAI」というフレーズを鮮明に覚えていて、自分には明らかに憲法第9条よりも心に響いていた。

「平和憲法を誇りなさい」と学校の先生から言われるよりも、外国人が外国語で「平和憲法は素晴らしい」と言う方が説得力がある、少なくとも自分にとってそんな気持ちは常にある。

いまのこの平和な世の中は、米国が与えてくれたものなのか、あらためて思いをめぐらせてみると、自分の中では答えは“否”となる。戦死していった人達が─、戦争を生き抜いた人達が─、原爆を落とされ散っていった人達、いまだ戦っている人達、そういった日本で暮らしていた人達すべての力で勝ち取った平和だと徐々に思えるようになってきた。そういう考え方であれば、終戦の日に靖国神社に赴くのは至極当然のことだと思える、まぁ自分はそういう習慣はないのだが・・・。

正直、自分は学校教育を終えてからもしばらくは、なぜ靖国神社の参拝が国際問題になるのか全く理解できなかった。それは、そこに戦犯と呼ばれる人が埋葬されていることも、そもそも戦没者がそこに奉納されていることさえも知らなかったからなのだが、そもそもそんなこと誰も教えてくれなかった。それはお前の勉強不足と指摘されても仕方がないかもしれないが、勉強不足な者でも覚えるくらいにしつこく教えることのひとつのように思えるのだが、教えることを避けているようにしか思えない。

そんな愛国的なことを記しつつも、今年の自分の夏はあまりの仕事の忙しさに、久々に終戦の日というものをさらりと流した。なんか、韓国や中国といったところが騒がしかったようだが、煩わしい雑音としか思えなかったくらいだ。そんな雑音ひとつで大きな悲劇を生む可能性を漠然と心配してはいるのだが─。

どうして領土問題というのは、領有権だけに終始するのだろう。共有する発想や議論が全くなされないことが不思議というか、悲しい。まさにジョン・レノンのイマジンは絵空事のごとく、人々は線引きに必死だ。互いの主張を誰かに裁いてもらって済むことなのか、誰も裁いてくれなければどうなるのか、主張を話し合いで解決できると思っているのか、解決できないとどうなるのか、現状を突きつめていけば対立を拭い去ることは皆無だ。

みんな手を取りあって平和を創ろう!

なんと現実味がなく気恥ずかしいと思ってしまうことか。そして、そういう思いが悲しくてならない。自分が生きているうち幸せであればそれでいい、戦争は起こらないだろう、おめでたいものだ。そういう風に考えてしまうこともまた悲しい。

犠牲の積み重ねで現在があるという考え方は分からないでもないが、犠牲なくして真の平和を実現できないのか、とスザクとルルーシュの関係を見て思ったのでした。そう考えると、コードギアスが少年少女が見て平和というものを真剣に考えるきっかけになるかもしれない。それがアニメか─・・・

Nina Simone

ジュリアードという名前を知ったのは、映画「旅立ちの時」を見てからだ。故リバー・フェニックスが音楽の才能を秘めた若者を演じた映画で、爆弾テロを起こしてしまった両親とともに、全米中を逃げ回っているという何とも奇妙な設定ながら、非常に気に入ってしまった作品。リバー演じた若者が目指した進学先がジュリアード音楽院。映画のストーリーはフィクションながら、ジュリアードは実在する学校だと知り、しかも進学した顔ぶれを調べると、マイルス・デイヴィス、チック・コリア、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、イツァーク・パールマン、ヨー・ヨー・マ、バリー・マニロウ、ニール・セダカ、神尾真由子、中村紘子、諏訪内晶子、一柳慧、チョン・ミョンフン等々、すごい名前が並ぶ。要するに名門。しかも、人種も音楽性も様々であることが分かる。

ニーナ・シモンもその名門の出の一人。名門の出だから音楽を聴いてみようと思ったわけではなく、彼女の音楽を聴いて感動し調べてみるとさらに驚いたといった具合。某雑誌の偉大なボーカリスト100人にも選出されているほどに、ニーナ・シモンの歌声は評価されているわけだが、失礼ながらその歌声はいわゆる名門のような響とはほど遠いような印象を覚えてしまう。しかし、そんな飾り物をも凌駕してしまうほどに心を揺さぶるその歌声─

 
The Desperate Ones

ジャック・ブルレ作詞・作曲

 

 

 

Everyone's Gone To The Moon

wiki : Everyone's Gone to the Moon

日本語訳例

 

Feelings

邦題:愛のフィーリング

 

確固たるピアノ技術のうえに魂の歌声。これはくるなー・・・

再び聴き放題

SONYの「Music Unlimited」が日本でもサービス開始。果たしてどれだけ持つのかという不安はあるものの、さっそく登録。予想以上の豊潤さ、さすがは1000万曲といったところか。プレスリリースでは

サービス開始当初は、株式会社EMIミュージック・ジャパン、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント、ユニバーサル ミュージック合同会社、株式会社ワーナーミュージック・ジャパンなどの主要音楽会社を始め、多数のインディペンデントレーベルなどから許諾を受けた楽曲を提供し、今後、順次追加していきます。

と記載されてある。月額1480円は非常にお得。仮にこのサービスがすぐに消えてしまうようなことがあれば、日本では音楽文化は育たないと断言していい。そんなことのないように祈りつつ、毎日新鮮な音楽を聴き続けますか。

 

最初にプレイリストに登録したのは、プリシラ・アーンのアルバム「ナチュラル・カラーズ

1.デイドリーム・ビリーバー
2.風の谷のナウシカ
3.サヨナラCOLOR(English version)
4.ばらの花
5.ノルウェーの森
6.やさしさに包まれたなら
7.帰れない二人
8.哀しみのアダージョ
9.風をあつめて
10.希望の歌(日本語詞付)
11.ドリーム(日本語詞付)
12.サヨナラCOLOR

 

彼女から発せられる歌声と日本語が本当によくて、まるで1960年代から70年代の日本からタイムスリップしてきた女性フォークシンガーといったイメージを創ってしまった。個人的に決して日本のフォークソングが好きということではないが、こんなジャケットでこんな歌声のアーティストがそこに含まれていたのならば、間違いなくそこのジャンルを貪り尽くしていたに違いない、まぁ、フォーク全盛期の世代ではないのだけれども・・・

2012年7月18日(水) ビルボード東京

2012年7月19日(木) ビルボード大阪

上記の日程で来日公演も予定されていた。どちらも行きたいけれども、どちらも行けない。泣く泣く、次の選択肢を選ぶほかない。

プリシラ・アーン ミニライブ&サイン会

2012年07月16日(月)   14:00

タワーレコード渋谷店  5F 観覧自由

そしてまた、テレビやインターネットでも─

NHK-BS1「地球テレビ エル・ムンド」出演

2012年7月12日(木)23:00~23:50

J-WAVE「I A.M.」& Amazonスペシャル プリシラ・アーン・アコースティック・ライヴ「ニコプリ!」

2012/07/17(火) 開場:19:50 開演:20:00

これを見て、気持ちを高めて、プリシラ・アーンを迎えよう。





When You Grow Up
Emm/Blue Note
Priscilla Ahn

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by When You Grow Up の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ナチュラル・カラーズ
EMIミュージックジャパン
プリシラ・アーン

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ナチュラル・カラーズ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

IN A TREE-Japan Only EP
EMIミュージックジャパン
プリシラ・アーン

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by IN A TREE-Japan Only EP の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012の記録

lfj2012logo

「熱狂の日」 音楽祭2012

Le Sacre Russe -サクル・リュス-

東京・丸の内エリア 4月27日(金)-5月5日(土)

東京国際フォーラム 5月3日(木)-5月5日(土)

 

112

5月3日(木) 12:15-13:00
ホールA プーシキン

演目

モソロフ:交響的エピソード「鉄工場」 op. 19

ストラヴィンスキー:春の祭典

演奏

読売日本交響楽団

指揮

下野竜也
  初めて聴いたモソロフ「鉄工場」がなかなか良かった。指揮も演奏も素晴らしいながらも、2階席で管弦楽の編成が小ぶりなためか、やや弦の音が弱かった


134

5月3日(木) 16:45-17:30
ホールB ツルゲーネフ

演目

クレーク:夜の典礼

作曲者不明:賛歌「沈黙の光」(ズナメニ聖歌)

ペルト:カノン・ポカヤネンより(オードⅠ、オードⅢ、オードⅥ、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り)

合唱

ヴォックス・クラマンティス

指揮

ヤーン=エイク・トゥルヴェ
  癒やしの歌声、睡魔との闘い
アンコールをしてくれた公演

ヴォックス・クラマンティス

1996年創立。歌手・器楽奏者から成り、中世の多声声楽曲と現代音楽を得意とする。エストニアの作曲家ペルトからの信頼が厚く、多くの作品を献呈され初演している。ペヌティエ、古楽アンサンブルのホルトゥス・ムジクス、現代音楽アンサンブルNYYD等と共演。

ヤーン=エイク・トゥルヴェ

タリン音楽学院卒業後、パリ国立高等音楽院でグレゴリオ聖歌の指揮法を学び、仏ソレル修道院のドム・ダニエル・ソルニエにも師事。96年にヴォックス・クラマンティスを設立。パリ・グレゴリオ聖歌合唱団を定期的に指揮。ヨーロッパ中でグレゴリオ聖歌を指揮している。

 

177

5月3日(木) 19:30-20:15
G409 ゴーリキー

演目

チャイコフスキー:四季 op. 37bis

ピアノ

エマニュエル・シュトロッセ

チャイコフスキーはいい。
軽やかなピアノ。

エマニュエル・シュトロッセ

ストラスブール出身。パリ国立音楽院にてJ-C.ペヌティエ、C.イヴァルディ、M.J.ピリスらに師事。フィレンツェ国際室内楽コンクール、クララ・ハスキル・コンクール入賞。

 

147

5月3日(木) 21:45-22:45
ホールC ドストエフスキー

演目

渋さ版「サクル・リュス」

演奏

渋さ知らズオーケストラ

白鳥の湖、展覧会の絵、このメロディーが鳴っていたような、そして火の鳥を会場のみんなで歌ったような─、バレエリュスを意識したようなパフォーマンス、完全にバレエリュスを超えていた。あくまで個人的見解。

渋さ知らズオーケストラ

その音楽はジャズ、ロック、歌謡曲、フォークなどが混在し、既存のジャンル分けに収まらないという特異性を持つ。さらに舞踏、ダンス、美術など音楽以外の表現要素が加わり、渾然一体となる演劇的祝祭感のある空間を創出していく。日本以外でもヨーロッパ各国で高い評価を受け続ける。

不破大輔/立花秀輝/佐藤 帆/松本卓也/鬼頭 哲/吉田隆一/北 陽一郎/辰巳光英/高橋保行/オデオン ジュークス/太田恵資/斉藤“社長”良一/ファン テイル/小野 章/小林真理子/磯部 潤/山本直樹/関根真理/室舘 彩/渡部真一/南波トモコ/山口コーイチ/ペロ/松原東洋/東野祥子/安田理英/ケンジルビエン/長谷川宝子/霜村佳宏/若林 淳/南 加絵/ねねむ/広田清子/とっくん/田中篤史/青山健一/横沢紅太郎

 

247

5月4日(金) 20:15-21:00
ホールB5 ツルゲーネフ

演目

リムスキー=コルサコフ:弦楽六重奏曲 イ長調
ボロディン:弦楽六重奏曲 ニ短調

演奏

ブラジャーク弦楽四重奏団
ジェラール・コセ(ヴィオラ)
エドガー・モロー(チェロ)
  いかにも難しそうな弦楽器の絡み合い。奏者の熱演に熱い拍手。

ブラジャーク弦楽四重奏団

パヴェル・フーラ(ヴァイオリン)

ヴラスティミル・ホレク(ヴァイオリン)

ヨセフ・クルソニュ(ヴィオラ)

ミハル・カニュカ(チェロ)

1972年、プラハ音楽院在学中に結成。スメタナ四重奏団、ラサール四重奏団、ヴラフ四重奏団のメンバーに師事。78年エヴィアン国際コンクールで優勝しラジオ・フランス特別賞にも輝く。翌年プラハの春音楽祭でも受賞。これまでプレスラー、スークらと共演。

ジェラール・コセ(ヴィオラ)

フランスを代表する巨匠。クリヴィヌ、デュトワ、ナガノ、クレメール、デュメイ、ピリスらと共演。ピエール・ブーレーズ主催のアンサンブル・アンテルコンタンポランに1976年の創立時にソロ・ヴィオラ奏者として参加。現代音楽の初演等にも積極的に関わっている。

エドガー・モロー(チェロ)

1994年生まれ。17歳で第14回チャイコフスキー・コンクール2位および現代作品最優秀演奏者賞。パリ国立高等音楽院にてP.ミュレールに師事。ブルネロ、ビルスマ、ゲリンガスらのマスタークラスを受講。ヴェルヴィエ音楽祭アカデミーにも参加している。

 

247

5月4日(金) 21:15-22:15
ホールC ドストエフスキー

演目

チャイコフスキー:弦楽六重奏曲 op. 70「フィレンツェの思い出」
チャイコフスキー:弦楽セレナード ハ長調 op. 48

演奏

横浜シンフォニエッタ

指揮

山田和樹
  演奏前、奇妙な音で公演開始が妨げられるというトラブル発生も、その演奏はそれら嫌なこと全て忘れさせてくれるぐらい見事なもの。これは演奏が故なのか指揮故なのか、楽曲故なのか・・・その全てが合致した結果だろう。それにしても、チャイコフスキーは気持ちいい。


356

5月5日(土) 19:15-20:00
ホールD パステルナーク

演目

ストラヴィンスキー:イタリア組曲 チェロ・ピアノ版

プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 op. 119

演奏

タチアナ・ヴァシリエヴァ(チェロ)
プラメナ・マンゴーヴァ(ピアノ)
  どちらも初めて聴く楽曲。ストラヴィンスキーのものは非常に気に入った。CDでじっくり聴きたい。プロコフィエフのものは難しそうで難解。二人の女性奏者のすごさを感じた。

タチアナ・ヴァシリエエヴァ(チェロ)

01年ロストロボーヴィッチ国際チェロ・コンクールロシア人初の第1位。驚異的なテクニックと、圧倒的な音楽センスで世界の注目を集める気鋭の若手。使用楽器はフランスLVMH社から貸与された1725年製ストラディヴァリウスの“Vaslin”。

プラメナ・マンゴーヴァ(ピアノ)

1980年生まれ。マドリードのソフィア音楽アカデミーにてパシュキロフに師事。エル=パシャのもとでも研鑽を積む。2007年エリザベート王妃国際コンクール2位。シンフォニア・ヴァルソヴィア、ドレスデン・フィル、クリヴィヌ、デュメイ、ピリスらと共演。

 

316

5月5日(土) 21:00-22:00
ホールA プーシキン

演目

チャイコフスキー:イタリア奇想曲
ボロディン:だったん人の踊り
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ長調 op.18

演奏

ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団
カペラ・サンクトペテルブルク(合唱)

指揮

ドミトリー・リス
  会場のど真ん中で聴くことができて、音響は最高。気持ちいいチャイコフスキー、贅沢なボロディン(出来れば合唱無しバージョンのほうを聴きたかったが)、ドラマチックなラフマニノフとお腹一杯の内容。ファイナルにふさわしい演奏に会場はスタンディングオベーション。ピアノもすごかった。

ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)

モスクワ音楽院卒。1990年チャイコフスキー国際コンクール優勝。超絶技巧と力強さ、独自の洞察力と豊かな感性を兼ね備えた才能あふれる音楽家として高い評価を得ている。ミュンヘン・フィル、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル等世界的オーケストラと度々共演。

ウラル・フィルハーモニー管弦楽団

1936年創設。本拠地はウラル山脈中央東麓のエカテリンブルク。95年に指揮者ドミトリー・リスを迎えた。2010年にゲルギエフよりマリインスキー劇場に招かれ、西欧の国際音楽祭でも度々演奏。これまでロストロボーヴィッチ、庄司紗矢香らと共演。

カペラ・サンクトペテルブルク

1479年に皇帝イヴァン3世がモスクワに設立した世俗合唱団が起源。改称を経て、サンクトペテルブルクに拠点を移す。500年の歴史の中で、パイジェロック、グリンカ、バラキレフらが指揮。1974年以降、指揮のチェルヌチェンコのもとでレパートリーを広げた。

ドミトリー・リス

モスクワ音楽院にてキタエンコに師事。モスクワ・フィルでのアシスタントを経、ロシア最年少でクズパス響の首席指揮者に就任。現在はウラル・フィルの芸術監督・首席指揮者。ロシア国立管の指揮も任されている。クレメール、ロストロボーヴィチ、パシュメットらと共演。

シネマ[cinema]


シネマ【(フランス)cinema】
 映画。映画館。キネマ。→シネマトグラフ
シネマトグラフ【(フランス)cinematographe】
 映画の撮影と、その映写を兼ね備えた機械の名称。
 1895年、フランスのリュミエール兄弟が発明した。
 「映画」を意味する「シネマ」はこれに由来する。

(デジタル大辞泉より)


最近“シネマ”にはまっている。その始まりは確かヴィム・ヴェンダースの「ピナ」だったか─、これは前々から見ようと思っていたもので、ヴェンダース、ピナ・バウシュ、3Dというものに惹かれての観賞─、座席もゆったり、絵はもちろん素晴らしい、3Dも想像以上に効果的で目もそれほど疲れない、平日のサービスデーだと空いていて安く見ることができる、やっぱ映画館で見るべきだなと久々に思った。

ラース・フォン・トリアーの「メランコリア」も気になっていた映画だったが、あとで家で見ればいいかなと─。

映画の集客力を奪ったのは紛れもなくテレビだろう。でも、ここ最近映画が好調なのはテレビの力を大いに利用しているからではなかろうか。テレビと映画は別物という考え方は元凶でしかないのかもしれない。

個人的に「ドッグヴィル」を最低な映画だと見なして以来、ラース・フォン・トリアーの映画を見に行くことに抵抗を感じつつも、「エレメント・クライム」「キングダム」「奇跡の海」という至極の作品(←個人的好み)もあるのだということに賭けて、安価なレイトショー、つまんなかったら寝てればいいかという思いで、「メランコリア」を観賞した。ワーグナーのトリスタンとイゾルデの序曲があまりにリフレインするために、多少の苦痛を感じつつも、それもある種の意図であり、わかりやすいストーリーを基に終始一貫して精神障害というコンセプト的なものを明確に表現し得ている、優れた映画だった。しかし、これを見て嫌悪感を示す人も少なくないだろう。そういう作品を作ろうとしている監督なのだろうから、それも本望か・・・。

よい映画というのは、アカデミー賞とかが決めるものかもしれないしれないが、それが必ずしも好きな映画になるものではない。そういう意識がどこかしらにあるから、テレビで録画していた米アカデミー賞授賞式などもほったらかしにしておくのだが、いい映画を見たなと感じると不思議ともっと欲を持ってしまうもので、とにかくも映画の情報を求めて2011年にアメリカで評価された映画を確認してみた。

その中で気になったのはなんといっても作品賞を受賞した「アーティスト」。そして、マーチン・スコセッシの「ヒューゴの不思議な発明」、ウディ・アレンの「ミンドナイト・イン・パリ」。それらを次に見る候補として記憶─。

アカデミー賞授賞式を録画したものを見る、ついでにまだ見ぬ録画番組を片っ端に見る、するとグラストンベリー2011もそこに含まれていて TWO DOOR CINEMA CULB というバンドのパフォーマンスが気に入った。何せ名前がいい。とは言え、最初はその音、軽やかに疾走するそのメロディーに惹かれ、リリースされている1枚だけのアルバムを繰り返し聴いている。



Two Door Cinema Club/Tourist History

Alex Trimble ? Lead vocals, Guitar, Synths
Sam Halliday ? Guitar, Vocals
Kevin Baird ? Bass, Vocals

SOMETHING GOOD CAN WORK


北アイルランド出身の3ピースバンドである、トゥー・ドア・シネマ・クラブ。決して新しさは感じないが、グレートブリテン及び北アイルランド連合国らしいサウンド。イギリスらしいサウンドというのがどんなものかと問われると明確に答えることができないのだが、ビートルズ、ザ・フー、U2、オアシス、レディオヘッドなどに通ずるものを感じるわけで、それ故にそう思うだけ。

似たような音楽は、おそらく、過去にも今にもこれからもたくさんあるとは思うけれど、何故に彼らの音楽が気に入ったのか─、やっぱ名前かな。

バンドの名前の由来は、Tudor Cinema(チューダー・シネマ)から来ているそうだ。なんでも、彼らの地元にチューダー・シネマなる映画館があり、Tudor を分かりやすく Two Door に変えてバンド名を考えたらしい。

サウンド的に映画に関連があるとは思えない。しかし、映画を見に行く途上、ウォークマンで聴くには最高だ。足取り軽く、「ヒューゴ」を見に行った。

レイトショーのシネコンは非常に空いていて最高だ。3Dというものを非常にうまく利用した「ヒューゴの不思議な発明」、学問としてしか認識のなかった“リュミエール”、“ジョルジュ・メリエス”、“月世界旅行”がピュアな感動を呼ぶ。マーチン・スコセッシのファンタジーなんて・・・とどこかで思っていたものの、これはスコセッシの映画に対するオマージュなのであり、それをより多くの人々に伝えたいという思いなのだと勝手に想像して、さらに気持ちを盛り上げた。これを凌いだ映画とは如何なるものなのか─、そして、アギーを見るべく「アーティスト」を見に行った。

レイトショーのシネコンは、公開間もないアカデミー賞最優秀作品賞でもスクリーンを独占させてくれる。そう、最高だ。けれど、これで映画は大丈夫なのだろうかという多少の不安、こんなにも素晴らしい作品なのに─。

主演のジャン・デュジャルダンは、最初から最後までジーン・ケリーにしか見えなかった。そして、あの「雨に唄えば」が大好きな自分にとって、この「アーティスト」に込められている熱い思いも強く感じることができた。不自然なまでにジャック・ラッセル・テリアのアギーが常に登場する面白みもまた、映画へのオマージュなのだと感じてしまう。フランス人監督がアメリカを舞台にした映画を撮り、アメリカ人監督がフランスを舞台にした映画を撮る、しかもそれが二つともに映画へのオマージュであり、それが作品賞を争っていたということを改めて知る。なかなかドラマチックな2011年度のオスカーだったということもまた知るに至る。

次は、「ミッドナイト・イン・パリ」かー。これもまたフランスが舞台、撮っているのはウディ・アレンと、なんとも不思議なシネマな展開。

タンポポとマーラー、そしてリスト

テレビで映画「タンポポ」が放映されていた。故・伊丹十三氏の傑作であり、テレビで見かけることも別に珍しいことではないけれども、背後に流れる音楽がマーラーの交響曲第5番第5楽章だということに初めて気がついて、思わず身を入れてしまう。

ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」での第4楽章などは、曲調と映像が非常にマッチしていて、効果的なマーラーの最たるものだと思うのだが、「タンポポ」での第5楽章も悪くない。もっとも「タンポポ」でも第4楽章は多用されているのだが…官能的な場面では必ずといっていいほど第4楽章が流れ、本筋のラーメン修行の場面では第5楽章とうまく使い分けている。

「タンポポ」を初めて見たガキの頃は、エロいシーンと(自分が虫歯で苦しんでいたために)おっさんが歯を抜かれるシーンだけしか印象に残らなかった。それ以外のものが駄目とかというよりも、自分にとってそれらがあまりに強烈だったためだ。どちらも映画の本筋から外れたものであり、それらばかりに気を取られると当然ながら映画の良さも理解できない、かといってそれらを無視したのでは本当の「タンポポ」の良さが失われてしまうと思うのだが。

数度の「タンポポ」と年齢を重ねることで、その良さを徐々に理解し得るようになってきて、そしてまた、遅ればせながら「タンポポ」でのマーラーを見出して、さらに映画を租借する。非常に美味しい映画だ。

 

マーラーの第5番を初めて聴いたのも、「タンポポ」が話題になっていた頃だと記憶する。脈絡があったわけではなく、単なる偶然。レンタル店に耳慣れぬマーラーなるCDが目立つように置かれていたために、半ば興味本位で借りて聴いた。「タンポポ」があってのレンタル店の主張だったのかもしれない。そう考えると、世間的な脈絡というのがあってそれに自分は乗っかったといえるのかもしれない。

(メンデルスゾーンによる)結婚式の歌のような出だしで始まるマーラー5番の第1楽章、突如マイナーの響きへと突き落とされて不快な思いしか感じ得なかったものだが、いまではその展開に病みつきだ。

 

マーラーの愛弟子ブルーノ・ワルター、少し前にBruno Walter Conducts MahlerなるCDを目にしたものの、どうせ古い録音で自分が理解できるわけでもないということで購入を回避していたのだが、あまりの破格値とほぼステレオ録音だということで結局買ってしまった。でどうだったのかというと、想像以上に良い音でかなりの満足。これを基準にあらゆるマーラーを比較していけそうな気がする。

 

映画「ベニスに死す」を今一度見直している。トーマス・マンがマーラーの死によって小説家である主人公がグスタフという名を持つに至った小説、それをヴィスコンティが映画化、グスタフを音楽家に仕立て上げ、マーラーの交響曲とともにマーラーの姿を映画の中に強く反映させている。見事なテーマ、見事な映像、見事な音楽─。

 

続けてケン・ラッセルの映画「マーラー」を見直す。「ベニスに死す」のグスタフに扮した男が駅のベンチに座って、その周りをタージオ的な美少年がぐるぐる回って茶化している、そしてそれを汽車の窓から微笑みながら眺めるマーラー、音楽は当然5番のアダージェット、この上なく好きなシーン。

そういえばケン・ラッセルは2011年の暮れに逝ってしまったはず。彼の自由な発想をもやは新たには見ることはできない、残念。もっとも、映画「リストマニア」のようなあまりにも自由すぎるような作品になると、見る側は戸惑いを覚える。もっともその破天荒ぶりこそがいいのだという見方もあるのだが。

 

そういえば2011年はリスト生誕200周年だったはず、それにちなんだ演奏会もあったはずだが、すっかり忘れていた。

ギターで演奏した「愛の夢」ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010で聴いたブリジット・エンゲラーの「葬送」、これらがリストにおける個人的な思い入れ。

マーラーの第5番第1楽章も「葬送行進曲」といったはず。送り出す響きは非常に重要だということなのだろう。

映画「タンポポ」ではリストの「前奏曲」が劇的に使用されている。リストというとあまりにもピアノのイメージが強すぎて、シンフォニー的なものはほとんど気にしてこなかったけれども、「前奏曲」の感動的な響きは無視できない。ということで早速、リストの交響詩をじっくりと鑑賞する。

 

リスト、フランツ(1811-1886)/Les Preludes Mazeppa Tasso Orpheus Mephisto Waltz: Masur / Lgo

 

ヴィニシウス・カントゥアリアとビル・フリゼール@マウントレーニアホール

Vinicius Cantuaria & Bill Frisell Japan Tour 2012

music0715_vcbl3

3/6(tue) 3/7(wed) @Mt.RAINIER HALL

<Open> 1st 18:00 2nd 20:00

<Start> 1st 18:30 2nd 21:00

全席指定6000円+ドリンク500円

3月7日(水)ファーストセット、A列6番・一番前やや右寄りという最高の座席。ゆったりした座席、座るとステージが目線の高さにある。当然ながら場内の撮影・録音一切禁止。

 

それほどの混雑なく、ドリンク・マウントレーニアのカフェラテ(オリジナルストラップ付き)を選択、座席のドリンク台を利用しつつスタート待ち。

 

少々遅れてビル・フリゼールとヴィニシウス・カントゥアリアがステージに登場。ビルは水色のフェンダー・ストラトキャスター、ヴィニシウスはガット弦を張ったアコースティックギター、二人ともに椅子に座りながら演奏する完全なギターデュオ。

 

ヴィニシウスがリズム的な演奏、それをベースにビルが自由にソロを弾きまくる。

 

曲目はアルバム「Lagrimas Mexicanas」からのものがほとんど、しかしアルバムに含まれているベースもドラムもなし、さらには多様なインプロヴィゼーションの応酬のために、耳慣れない演奏がほとんど。出だしから聴いたこともないインプロ的な演奏、2曲目からアルバムの曲を演奏しだした、と認識している。

 

生の演奏で、ヴィニシウスはやはりブラジルの生まれだということを確認、彼の演奏はまさにボサノバ的、“メキシコ”と銘打っているアルバムではあったが、南米の音楽というところまでしか捉えられなかったわけだ。

 

それにして、ドラムやパーカッションの奏者でもあるヴィニシウスだけあって、素晴らしいリズム感、ビルのような変幻自在なギタリストにとってこの中で“踊る”ことは無上の喜びなのではなかろうか。

 

目の前のビル。空色のストラト─これが似合うのは彼かジェフ・ベックぐらいではないか、と思わせるくらいの爽やかな音色を奏で続ける。ボリューム、トーン、エフェクターを巧みにコントロール、ギターそのもの歪ませたり引っ掻いたり、とにかくその技のバリエーションには驚いてしまうのではあるが、その技の一つ一つがあくまで楽曲ありきのものなのだということが目や耳を通して確実に伝わってくる、唯一無二のギタリスト。

 

ブラジル的なギターを奏で続けるヴィニシウスとは違い、ビルの演奏は非常にアメリカ的な印象、さすがはアメリカ音楽のルーツを探求し続けるアーティスト。そしてふと思う、アメリカとブラジルの中間に位置しているもの、それがまさにメキシコだと、今回の彼らのコンセプトはメキシコ音楽を純粋に探求したわけではなくて、ふたつの違った音楽が融合した結果、別の音楽が自然発生した、そしてそれが地理的中間地点のメキシコだった、そう勝手に夢想したのだが、真意は分からない。

 

あくまで静寂を基調にしたギターデュオ、ヴィニシウスの優しいボイス、ホールの見事な音響──、そしてステージ上ではビルが左足のつま先を真横にしてその上に右足のかかとを載せ不思議な足の組み方をしている、ヴィニシウスのスニーカーが軽やかに左右にリズムを取る、ダークブルーに真っ白に浮かぶビルの顔、ダークレッドに浮かぶビルの顔…、確実に脳にはアルファー波、強烈な睡魔…、この椅子も原因か──。

 

一日2セットあるだけに実際の演奏時間も短かったとは思うが、そんな心地よい時間もあっという間に終了。アンコールも非常にいい演奏で、もっと観たいという思い。次のセットも控えているわけで、あっさり終了。

 

正直これまで見たライブで最も地味な演奏の部類だったいう印象。しかし、信じられないくらいの満足感。とにかく年期が違う二人の演奏に感服するばかり。

 

帰りに「Floratone II」を購入。これでまた別のビル・フリゼールを楽しもう。それにしても、Floratoneまだ続くのかー。

音楽の選択

魅惑の巨大CDショップ。10%引き、20%引き、30%引き、半額!?今だけプライス、いまだけ1000円─。視聴、視聴、ジャズ、クラシック、ロック、ポップ、JPOP、洋楽、邦楽、ワールドワイド─。聴いて選択する姿勢こそが本来あるべき姿、しかしそういう姿勢で臨むと自分は破産必至、故に切り捨てるために視聴するというぐらいの気持ちで臨まなければならないこの悲しさ。

視聴する、よほどじゃない限りほとんど良く聞こえる、とりあえず買おうか迷う、そしてお店のポップやジャケ、価格を必死に見ながら、平凡?何が新しい?飽きるか…高い!と必死に否定しにかかる。なんと悲しいことか。そうでもしないと無駄に買うだけ、これも音楽への愛、哀、皮肉れた愛。

そしてきょうも愛すべき音楽を選択してきた。

 

Bruno Walter Conducts Mahler

視聴もできなかったし、いくら巨匠の指揮だとしても、古い録音では自分にはその良さは分かりません。非常にお買い得感はございましたが、無駄回避。

 

最近少し気になっているserph。確かに心地いい。ジャケもいい。でもきっと飽きる、イーノやライヒを聴けば済むことではないか、と気持ちを抑えて無駄回避…ずっと聴いてるとなぜか生の楽器音が恋しくなってくる。それだけでも価値があるのではという肯定が台頭してくるが、いやいやそれじゃあジャズでも聴きに行こう、ということで危機回避。

 

ヒューバート・ロウズが1980年にリリースしたリイシュー。待ち望まれた、評価の高い、などという言葉に惹かれ、チック・コリアやアール・クルーという名前に惹かれ、1曲目のボレロなどで思わずいっちゃいそうに─。ただ、お店プッシュの4曲目Familyがそれほど心に響かずに無駄回避、というか保留?

 

チック・コリアの新ピアノコンチェルト『大陸』がグラムフォンから─、というだけで魅力的。視聴しただけでお腹一杯、難なく回避。

 

澤野工房のラベルがついたイカしたジャケ、Ginza Shuffle というタイトルにも惹かれるところ。そしてその中身も、非常に洗練されたおジャズといった感じで、全く自分には合わないものであったので、楽勝回避。それにしても、なかなかいいジャケットだ。

 

そして、回避できなかった─というよりも、きょう選択した愛すべき音楽がこれ─

Gary Husband/Dirty And Beautiful Vol.2

豪華なアーティストと見事な演奏。何より音色が自分に合っていた。ギター中心のハードはフュージョン。ジャケットは気になったCDの中で最も気に入らなかったものの、音が最高だったために買い。Vo1.1も存在するようで、それも気になるところ─

Gary Husband/Dirty And Beautiful Vol.1

ヴィニシウス・カントゥアリアとビル・フリゼール

 ビル・フリゼールが来日公演をするという記事を目にする。前回の来日公演が素晴らしかっただけに、チケット即買い、といきたかったが、共演の名前に、ヴィニシウス・カントゥアリアと耳慣れないアーティストが─。だれ?
 ブラジル生まれのヴィニシウス・カントゥアリア、ビル・フリゼールのアルバム「The Intercontinentals」に参加していた。個人的にかなり気に入っているアルバムで、すでにヴィニシウス・カントゥアリアの奏でる音楽は聴いていたわけだ。改めてアルバムの名義を確認してみると、ヴィニシウスが担当している楽器は、アコギ・エレキギター・ボーカル・ドラム・パーカッションと、まぁ何と多彩なことか。
 それにしても、「The Intercontinentals」がリリースされたのは2003年であり、今ごろになって何故にビル=ヴィニシウス名義の来日なのかと思ってしまうのだが、去年、2人名義のアルバムをリリースしていた。



見覚えあるジャケット。確かにビル・フリゼールの新譜として陳列されていた。しかし「Lagrimas Mexicanas」というアルバムタイトル、何語で何と読むのか分からなかったので買うのやめた記憶がよみがえる。完全視聴できる所もなかったし─。ライブの記事に興味を持ってしまったことだし、ここは思い切って、チケットもCDも─、というわけで、「Lágrimas Mexicanas」のレビューとなります。
 収録参加アーティストはあくまでヴィニシウス・カントゥアリアとビル・フリーゼルの2人だけ。前編ギターデュオ形式での録音、アコギ&アコギはもちろんのこと、アコギ&エレキの場合も多々あり、そこにヴィニシウスが奏でるパーカッションなどもオーバーダブ。ブラジル生まれのヴィニシウスの音楽センスを前面に出したような中南米色。しかしながら、ボサノバ的要素は非常に少ないと感じる。その要因となっているのは、独特の哀調のせいなのだろう。決して派手とはいえない楽曲群で展開されて、長短の響きが波のように交互に押し寄せる印象。ヴィニシウスの歌唱力もまた予想外、優しく歌い上げるその声は、まさにフォルクローレ。メキシコと銘打ってはいるが、(ステレオタイプ的な見解になってしまうが)メキシコ音楽特有の陽気さは感じられず。それがかえってこのアルバムの質を上げているように感じてしまうほどの、素晴らしい曲と演奏。アルバムタイトル「Lágrimas Mexicanas」をウェブ上で翻訳してみると、それはスペイン語ということが分かり、日本語に訳すと「メキシコの涙」と出た。うまいタイトルを考えたものだ。
 CD付属のDVDでヴィニシウスは言う、「ビルと演奏するときは、なるべく控えめに演奏して音の数を抑えている。そうするとビルのギターがその隙間を見事に埋めてくれる」と─。これを聞いて、このアルバムそして今回の2人の来日を知ることができて幸運だったと実感する。

Vinicius Cantuaria - Calle 7 (Lagrimas Mexicanas) by naiverecords





【初回限定特典DVDR付】ラグリマス・メシカーナス
contrarede
ヴィニシウス・カントゥアリア & ビル・フリーゼル

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 【初回限定特典DVDR付】ラグリマス・メシカーナス の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ジ・インターコンチネンタルズ
ワーナーミュージック・ジャパン
ビル・フリゼール

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ジ・インターコンチネンタルズ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

第54回グラミー賞 個人的な覚書

開催前日にホイットニー・ヒューストンの訃報
追悼ムードで授賞式

アデルが主要部門を独占
1. Record Of The Year
2. Album Of The Year
3. Song Of The Year
5. Best Pop Solo Performance
etc...

確かにデビューアルバム「19」は素晴らしかった
21」はまだ聴いてない


トニー・ベネットが85歳で史上最高齢の受賞
6. Best Pop Duo/Group Performance
故エイミー・ワインハイスとのデュエット
Tony Bennett & Amy Winehouse - Body And Soul



13. Best Hard Rock/Metal Performance
フー・ファイターズが受賞
質からするとドリーム・シアターのほうが圧倒、しかしどうもこの曲は好きになれないかも、ふざけ半分のフー・ファイターズの曲のほうが断然いい
メガデスのPVは笑える
Megadeth - Public Enemy No. 1

デイヴ・ムスティンも年を重ねたもんだ

パット・メセニーもあのアルバムも受賞
29. Best New Age Album
なるほど、ニュー・エージとして聴けばいいわけだ

チック・コリアも─
30. Best Improvised Jazz Solo
32. Best Jazz Instrumental Album

フォーエヴァー

ティナリウェンが受賞していた
49. Best World Music Album
Tassili
カダフィ大佐がまだ身を隠していたころ、彼らのウェブサイトも開けない状態だった。バンドの成り立ちが間接的にもカダフィに通じてしまうところがあるため、かなり心配するところだったけれど、無事に活動・評価されているようで一安心

57. Best Instrumental Composition
確かにすごい・・・
Bela Fleck - Life In Eleven


60. Best Recording Package
受賞したのはアーケイド・ファイアSuburbs
ノミネートにチキンフットChickenfoot III
まだやってるんだー






エクリチュール、シニフィアンとシニフィエ

ロラン・バルト美術論集―アルチンボルドからポップ・アートまで」という本を読んだ。現代思想家による評論集、正直、内容の半分も理解できず・・・

しかし、語られるアート作品に対しては、興味を大いにそそられ、中でも、エルテアルファベットには、エクリチュールの一人歩きのようなもの、シニフィアンの戯れによるシニフィエの不在が瞬間的に生まれ、その後に確固たるシニフィエが生まれる、とかいう勝手なイメージをもってしまった。

エクリチュール

文字。筆跡。また、書くこと。書き方。文章以外の映画・演劇・音楽などの表現法、書法の意味にも用いる。

シニフィアン

ソシュールの用語。言語記号の音声面。所記(しょき)とともに言語記号を構成する要素。能記(のうき)。

シニフィエ

ソシュールの用語。能記(のうき)とともに言語記号を構成する要素。言語記号によって意味される内容。所記。

 

kb_Erte-Alphabet_Ekb_Erte-Alphabet_Rkb_Erte-Alphabet_Tkb_Erte-Alphabet_E

かっこいい。

 

kb_Erte-Alphabet_Skb_Erte-Alphabet_Hkb_Erte-Alphabet_Ikb_Erte-Alphabet_Mkb_Erte-Alphabet_Pkb_Erte-Alphabet_Ekb_Erte-Alphabet_R

個別の文字はかっこいいけど、並べるとどうも・・・

 

文字の並びを眺めていると、次第に固定したイメージ生まれてくる。これからエルテと聞けば、上記のようなアルファベットをイメージするであろう。本来ならば、エルテその人の姿形を思い浮かべきたいところだが、例えば、マネやセザンヌ、ミケランジェロやボッチチェリといったように、作者の名前を聞いてもその容姿よりも作品を思い浮かべてしまうことは多いわけで、それがある種アーティストの宿命と言えるのかもしれない。

erte2

エルテ

 

エルテのアルファベットを見ていると、思わずバンドロゴを連想してしまう。ロゴ一つでひとつのバンドをイメージしていたあの頃を思い出す。そして、いまだにそのイメージが自分の中に強く残っていることを思い知らされる。極論するとイメージで済むだろうということになるのだが、あのレッド・ツェッペリンやプリンスの試みがうまい具合にいかなかったことを考えると、記号には音がないとなかなか落ち着くものではないと思ってしまう。ありとあらゆるところに存在するピクトグラムにおいても、知らず知らずのうちに任意の音を当てはめているような気がする。

led_zeppelin_vi_logo

「IV」と呼ばれることが常ではあるけれど、この記号を見ると該当のアルバムあるいはレッド・ツェッペリンを瞬時に思い浮かべる。そう考えると思惑は違えど、強い印象づけには成功したと言えるのかも。

prince

プリンスもまた然り。

 

この人たちにはロゴに力などは必要なかったかもしれい

beatles

zep

elp

bostonlogotm0323b5550b-42129images

かっこいい・・・aerosmithtitle-kiss-fire

SS158

metallica

そしてメタルバンドはそれが必然であるかのように─

megadeth-logo

tumblr_lfzlcvT71H1qz6flco1_500

iron_maiden_81310

Ozzy_Osbourne

Dio logo

ベスト・オブ・バンドロゴLengua-Rolling-Stones

New Note Classics Best 30

ニューノート・クラシックス・ベスト30

視聴

 



ディスク1
1.ニューヨーク・タイムズ / ボビー・ハンフリー
2.ラヴズ・ソー・ファー・アウェイ / ドナルド・バード
3.セイヴ・ザ・チルドレン / マリーナ・ショウ
4.アイヴ・ハッド・ア・リトル・トーク / ホレス・シルヴァー
5.オフ・アンド・オン / モアシル・サントス
6.ジャスパー・カントリー・マン / ボビー・ハンフリー
7.ドクター・マクンバ / アール・クルー
8.ドミノ / ドナルド・バード
9.ラテンファンクラヴソング / ジーン・ハリス
10.レイン・エヴリ・サーズデイ / ボビー・ハッチャーソン
11.フィール・ライク・メイキン・ラヴ / マリーナ・ショウ
12.インサイド・ユー / エディ・ヘンダーソン
13.シンク・トゥワイス / ドナルド・バード
14.ファンシー・フリー / エルヴィン・ジョーンズ
15.ワイプ・アウェイ・ザ・イーヴィル / ホレス・シルヴァー
16.ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ / マリーナ・ショウ
17.モンタラ / ボビー・ハッチャーソン
ディスク2
1.レット・ザ・ミュージック・テイク・ユア・マインド / グラント・グリーン
2.エヴリシング・アイ・ドゥー・ゴナ・ビー・ファンキー / ルー・ドナルドソン
3.スピニング・ホイール / ジミー・マクグリフ
4.フー・ノウズ・ホワット・トゥモロウズ・ゴナ・ブリング / ブラザー・ジャック・マクダフ
5.サイケデリック PI / ロニー・スミス
6.リピート・アフター・ミー / ザ・スリー・サウンズ
7.ポット・ベリー / ルー・ドナルドソン
8.オブリゲットー / ブラザー・ジャック・マクダフ
9.ムーヴ・ユア・ハンド / ロニー・スミス
10.メドレー / グラント・グリーン
11.ウォーク・イン・ザ・ナイト / グラント・グリーン
12.ブック・オブ・スリム / ジーン・ハリス&ザ・スリー・サウンズ
13.ウィーア・イン・ラヴ / リューベン・ウィルソン



1939年、ドイツ出身のアルフレッド・ライオンが米・ニューヨークにブルー・ノート・レコードを設立、その70周年を記念した2009年にニュー・ノート・クラシックス・シリーズがリリースされた。その内容は、60年代、70年代のソウル、ファンク、フュージョンといったグルーヴ感が強く、60年代後半のレコード番号4300番台と70年代のLAシリーズから選び抜かれたアルバムが再発されたものだ。

そしてその中からさらに選び取られた30曲、このオムニバスアルバムに最近はまっている。

本家を超えるのではないかと思えるくらいのマービン・ゲイとスティービー・ワンダーのカバー、ガット弦を信じられないくらいグルービーに扱うアール・クルーの技、グラント・グリーンのギターというものを再発見し、彼方に聴こえるトランペットやアナログ電子音などが新鮮に聴こえ、すべての曲にわたって重厚にゆれるベース音、トニー・レヴィンの演奏さえも聴くことができるわけだから、何度聴いても楽しい。




Donald Byrd - Love is so far away 1972 (Breaking my life mix) by breakingmylife

平和の祈りを込めて

最近、アーティスト、オノ・ヨーコが気になって仕方がない。

彼女を初めて知ったのは、やはりジョン・レノンという存在を介してだった。親しみやすいジョンの音楽に、ヨーコのエッセンスが加わると、途端にとっつきにくい音楽に変わってしまうという偏見を─・・・、はて?どうして持ってしまったのだろう、そんな記憶すらない。とにかく、ヨーコの“音楽”は無意識のうちに避けていたような気がする。
しかし、ヨーコはフルクサスにおいて重要な存在であり、アートにおいてはヴェネチア・ビエンナーレで生涯業績で表彰されるほどの巨匠。彼女の作品を、まずは音楽、ジョンというものを抜きにして眺めてみた、すると、素晴らしき作品群の吸引力でヨーコへの視野が広がった、というより見方が180度変わってしまったといってもいい。

Yoko Ono Artworks (Flickr)

今一度、オノ・ヨーコの音楽を再確認しようかと─。といっても、初めてジョンとヨーコが共演し物議を醸した「未完成」作品第1番~トゥー・ヴァージンズとか次の「未完成」作品第2番~ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズWedding Albumなどには、なかなか手を出せないとひよりつつLive Peace in Torontoというものを聴いてみた。ジャケも気に入ったので─



カバー曲とオリジナルが入り混じったもので、演奏の技も巧み。ただ、前半のカバー曲部分を聴くだけだと、何か物足りなく感じる。メンバーがメンバーだけに過剰な期待をしてしまうのか、それとも、アートを鑑賞するがごとくブルース的な音楽を聴くと物足りなく感じるのか─。
後半2曲はヨーコオリジナルの大作。叫びと呻き唸り・・・非常にいい、が、音楽としては大衆には受け入れられないはずだ。ラストのJohn Johnは、マハリシ・マヘシ・ヨギの影響と思われるエスニックな響きが心地よく、クラプトンの絶妙なトーンコントロールなどで、音楽的にも楽しめるかな。

音楽を音楽として聴くとかアートとして聴くとか、なんじゃそりゃ、と我ながら思ってしまうのだが、自覚が薄かったとはいえ、ケージなどの現代音楽を聴く場合には明らかにアート鑑賞、他方、クラシック音楽やポピュラー音楽を聴く場合は音楽鑑賞と明らかに分けていた、と再確認、音楽も芸術と呼ばれるものなのだが・・・。
よし、これからは、とりあえずではあるけれど、音楽という固定された枠組みを壊そうとしているものと、音楽という確立されたものの中で創造されるものとしよう。
そうすると、過去にヨーコが作り出していた音楽は主に音楽という枠組みを壊そうとしていて、ここ最近の音楽は音楽という確立されたものの中で創造されているものが多いような気がする、と自分の中では分析された。めんどっち。

Winter Songs

ビートルズを知り、ビートルズを聴きだしたのは、既にビートルズが解散していて既にジョンが旅立ってからのこと。時代を遡り、彼らのことを文面や映像などで学ぶにつれて、オノ・ヨーコの影もちらついてくる。まるで彼女がひとつの時代に区切りをつけたかのごとく語られる、そして語られるままに捉えて、何も知らないままにただ彼女を毛嫌いし続けた─。

クリスマスが迫ってくると、ジョンとヨーコのハッピー・クリスマスが盛んに流れる。その曲を聴くたびに、ジョンへの憂いだけが頭をよぎる、そしてそこには共に歌っていたヨーコの姿はない。

 

John & Yoko, The Plastic Ono Band with the Harlem Community Choir - Happy Xmas (War Is Over) by Yoko Ono

 

年々、ハッピー・クリスマスを歌う2人の笑顔が明瞭になってくるような気がする。アーティスト、オノ・ヨーコのあらゆる作品を知るにつれて、むしろジョンよりもヨーコの姿が大きくなってくる。ジョン・レノンも惹かれていったオノ・ヨーコの作品の力は並大抵なものではない。

1971年にリリースされたハッピー・クリスマス、シングルレコードのB面にはYOKO ONO名義からなるListen,the Snow is Fallingが収録されていた。

 

Yoko Ono - Listen, the Snow is Falling by Yoko Ono

 

その吸引力に、さらに他の楽曲を貪る─

 

Yoko Ono - Winter Songs by Yoko Ono

 

オノ・ヨーコの存在がどんどん大きくなっていく─